第8話
前方から走ってくるグレイウルフをフランが、真っ二つに切り伏せる。フランを横から強襲しようとしていた別の一体に、ネルのアイシクルランスが突き刺さった。
二人はすぐに次の獲物に目を向け、それぞれが敵を圧倒していく。フランが前に出て、素早くグレイウルフを切り裂き、ネルのほうに向かう敵を抑え込む。そしてネルは冷静に一頭ずつアイシクルランスを打ち込んでいった。
全部で12頭の群れがあっという間に地に伏した。
「すごい。いつもなら、もっと時間かかってたのに」
「うん。全然違う」
顔をぱあっと明るくして、手ごたえを感じている二人に近づいていく。俺の教えたことが生かされているらしい。
「だから言っただろ。二人とももっとやれるって」
「嘘みたいだけど、本当だね」
二人に聞いたところ、スキルと呼ばれる必殺技のようなものはあるらしいが、この世界には体系化された剣術や槍術というものは存在しないらしい。
よく考えてみれば剣術も槍術も格闘術もすべてにおいて相手は人間を想定してある。この世界では魔物と戦うことを前提としているせいで、体系が作れないのではないか?魔物は姿かたちもそうだが、攻撃手段も多岐にわたる。それゆえ、ステータスがものをいうのだろう。
比較もしやすいしな。
だが、そのステータスを有効に生かせる技術を身につければ、魔物討伐の推奨レベルはぐっと下がるはずだ。
俺が二人に教えたことは基本的なことに過ぎないのに、あっという間に吸収していった。フランの話だと、下級の魔物のグレイウルフにしても一撃で殺せたことはないらしい。ちょとした構えと剣の振り方を指導しただけで、これだ。
ステータスが指し示す本来の力を十全に発揮できた結果ということだ。
ネルにしても、魔法の使い方は知っていても魔法での戦い方がわかっていなかった。魔法は高出力を全力で叩きこむのが基本らしい。最初、彼女はワイルドボアとは体格の違うグレイウルフにたいしても、6つの氷塊のアイシクルランスで戦おうとしていた。でも、サイズから言って一個で十分なのだ。
出現させる氷塊の個数や大きさは魔術回路を工夫するだけで済む。それに、何度か戦いを見ていると、彼女はいろんな魔法を駆使して戦っていた。魔物によって魔法の相性はあるから、それは間違いではないけども、彼女はどれを使うかいつも迷っていたのだ。ほんのわずかなタイムラグでしかないけど、戦場でそれは致命的ともいえる。なので俺はとりあえずアイシクルランス一本に絞らせたみた。
それだけで、彼女の魔法発動までの時間は短縮されたし、使えば使うほど早くなっていった。もともと早かった彼女の発動速度が上がったのだ。
俺が教えたのはその程度のことに過ぎないけども、彼女たちはそれだけでかなり効率よく魔物を狩れるようになった。
王都を出発して三日目。ウルの麓が見えてきた。魔物の巣窟というだけあって、うっそうとした森が広がっている。街道沿いの道は開けているけども、左右の森は深く、暗い。
「この分なら、中級が出てきても大丈夫だろ」
「さすがに、それは無理だって」
「いけるって。信じろよ。複数出たときは俺が対処するから。一体ぐらい頑張って二人で倒してみな」
世間的には俺の発言は無茶ぶりらしい。
冒険者のランク的に言えば、Dクラスに上がると、パーティーで頑張って中級を一体倒せるかどうからしい。それでも、レベル30くらいは必要だそうだ。
「イチロウの言うとおりにやって、確かに強くなった気はしますけど、さすがにそれは」
「やばそうなら助けるからさ」
「って、言ってるそばから出たじゃないのよ。もう!!」
俺たちの目の前に現れたのは、巨大なサソリのような魔物だった。
「グレートスコーピオン…やばいですよ」
「もしかして毒持ち?」
「そうです。しっぽの先の針に刺されたらお終いです」
「了解。二匹は俺がやるから、一匹任せた」
「ちょっと、無茶言わないでよ。グレートスコーピオンの外殻は難いのよ。私の剣じゃ刃が通らないわ」
「だったら防御に徹して、ネルの魔法で仕留るんだ」
俺はグレートスコーピオンに対峙する。敵の間合いに入った瞬間、早速とばかりにしっぽの毒針を突き刺そうとしてくるので、俺は体を半身ずらして躱す。そして、その尻尾に拳を叩きこんでみるが、確かに硬い。グレートスコーピオンは両手のはさみを俺に叩きつけてこようとしたので後ろに飛びのいた。
「確かに硬いけど、スピードは大したことないよ」
彼女たちに助言しつつ、自分の敵に向き直る。二人のサポートがあるので遊んでいる暇はない。俺は一気に加速すると、低い位置にあるグレートスコーピオンの頭に向かって拳を振り下ろす。
防御しようと左右のハサミがクロスするが遅すぎる。
ハサミの間隙をついて打撃が突き刺さる。
装甲の硬さを無視した一撃。
轟流奥義肆ノ型『椛』
戦場において敵の鎧を無視して、内部に直接ダメージを与える技術。
何を受けたのか不明なまま、脳みそを破壊されたグレートスコーピオンが沈む。いつでも対処できるようにと、フランとネルの二人を視界の中に入れているけど問題なさそうである。フランが必死にグレートスコーピオンの攻撃を引き付け、ネルが魔法で攻撃をしている。
俺はこの世界にきて向上した身体能力の性能を確かめるべく、グレートスコーピオンに対して、轟流奥義漆ノ型『楡』を使用する。
手刀の形にした右手を一閃。
硬い外殻もろともグレートスコーピオンを一刀両断する。
「悪くないな」
二つの死骸を無視して、フランとネルの近くに移動する。
フランが必死に、グレートスコーピオンの毒針やハサミを捌き、時々ネルが魔法を叩きこむ。しかし、威力が不足しているのか、硬い装甲に阻まれてダメージを与えてなかった。
ネルは基本となる四大元素魔法、火、水、風、土と使用できるらしい。 それぞれ、ファイアボール、アイシクルランス、ウインドカッター、アースクエイクとなる。
うん。これは俺が悪かったかもしれん。
「ネル。ウインドカッターなら切れるんじゃないか?」
「え、ええええ!?」
違う魔法を使ってもいいの?と、目で訴えてくるけど、そりゃあそうだ。俺がアイシクルランス一本っていう縛りを設けたんだから。
ごめん。
ネルはちょっと、いや、かなり真面目な性格みたいだ。
すぐに見慣れない魔法陣が浮かび上がる。
「ウインドカッター!!」
彼女の叫びとともに空気の刃がグレートスコーピオンにぶつかりギンっと高い音が鳴った。しかし、外殻を切り裂くには威力が不十分だったようだ。見る限りあと少しというところか。
「もっと威力を上げることはできるか?例えば範囲を狭めるとか」
「…やってみます」
よし、彼女は大丈夫そうだ。
「フラン。そっちは大丈夫?」
「大丈夫なわけないでしょうが!!代わりなさいよ」
「うん。しゃべる余裕あるなら大丈夫だ。がんばれ!!」
「ちょ、あんたねー」
俺への怒声とともに振り上げた剣が、グレートスコーピオンのはさみをはじき返す。相手は中級クラスの魔物だというのに、膂力は十分に通じている。数日前までの力の乗っていない剣では無理だっただろうけど、今の彼女の剣には十全に体重が乗っている。
疲労は蓄積してそうだけど、大丈夫だろう。
二人の戦いの様子を見ていると、さっきよりも複雑に構成された魔術回路が完成の光を帯びて輝きだした。フランが剣を振るい、立ち回り、グレートスコーピオンに隙を作りだす。
両方のはさみを跳ね上げて、頭部へのラインをこじ開けた。
「ウインドカッター」
絶妙なタイミングで発動された魔法が無防備をさらすグレートスコーピオンの頭部に突き刺さる。今度の一撃は装甲を突き破り紫色の体液をまき散らせた。
しかし、それでも決定打とはいかなかったようだ。
怒りに身を打ち震えさせ、グレートスコーピオンが突進するとともに尾撃をネルに振り下ろす。
「ネル!」
攻撃の軌道をあけていたフランが間に合いそうにもなかったので、俺は素早くネルの腰をつかんで、グレートスコーピオンの攻撃範囲から逃れた。
「あ、ありがと」
「まだ、やれそう?」
彼女を下しつつ聞いてみると力強い意志を込めてネルがうなずいた。
「フラン。お願い。もう一度隙を作って!!」
「…おっけー。あと一回だけよ。私も限界なんだから」
フランがグレートスコーピオンに躍りかかり、ネルが魔法を練り上げる。魔法のことはよくわからないが、まだ手があるのだろう。彼女は問題ない。
それより、疲労がどんどん蓄積されているフランのほうが危険だ。
自分より格上を相手に、必死に食らいついているのだ。
毒針という恐怖もある。
それでも、俺の教えを守って一挙手一投足丁寧な動きを重ねている。彼女の中に眠っていた予想以上の才能に舌を巻く。ただ闇雲に振り回していただけのフランの剣が、剣術へと生まれ変わっていっている。
レベルが足りず、筋力が不足しているために、グレートスコーピオンの外殻を切り裂くことはできないが、それはほんの些細な差なのだろう。
一度目より二度目、そして二度目よりも複雑になったフランの魔術回路が完成する。
「ウインドカッター!!!」
果たして彼女の放った魔法はグレートスコーピオンを両断した。
「やった!やったよ。やったよ。フラン!!」
「すごいよ、ネル」
目の前の現実を時間を掛けて飲み込む二人が抱き合って喜びを分かち合う。
「これ、夢じゃないんだよね。私たち二人でグレートスコーピオンを倒したんだよね」
「な、だから言っただろ。二人ならやれるって」
「って、さも当然みたいに言うんじゃないわよ。ぎりぎりだったんだから!!」
「でも、大丈夫だっただろ」
「まあね」
もう限界だというふうに、フランはその場にへたり込む。ネルも魔法の使い過ぎでヘロヘロだった。
「最後の魔法、どうやったの。ウインドカッターなんだよね」
「同じ魔法を三回重ねただけです。アイシクルランスの氷塊の個数を増やしたり減らしたりしたのと同じで、ウインドカッターを複数放ったんです。ただし、三つとも軌道は同じで」
つまり、一発目で外殻に傷つけ、二発目が切り裂き、三発目が深部に到達したということか。アイシクルランスみたいな物質化していると重ねるのは難しいだろけど、ただの空気ならそれも可能ということか。それにしてもすごい。
「ネルは天才だな」
「そ、そんなこと…」
「そんなことあるって。私の剣は全然だったけど、ネルの魔法は通じたんだもん」
「いや、フランも十分すごいぞ。グレートスコーピオンの膂力からしたら、フランの筋力だと相当厳しいはずだったからな。それでも、攻撃を一度も受けずに全部さばききった上に、ネルが魔法を使うためのスキを作り出していたわけだから。センスあると思うよ」
「な、な、な、な、な」
フランが髪の毛と同じくらい真っ赤になった。
褒められるのは慣れてないらしい。
いつものツンツンした様子が一変したのがちょっと面白い。
よし、時々誉めてやろう。
才能はほめて伸ばすべきだって親父もじいちゃんも言ってたしな。
「なあ、これって素材とか取れるのか?」
地面に転がる三つの死骸に視線を動かして聞いてみる。
「グレートスコーピオンは、爪と毒針が買い取り対象だったはずです。外殻も売れると思いますが、私たちだと持てる量にも限界がありますから」
「普通の冒険者ってどうしてるんだ?中級クラスになると、大型化する魔物が多いんだろ」
俺は疲労困憊の二人に代わって素材集めを行う。節の部分で捻じり切るようにして毒針と爪を回収していく。
「Dランクだと厳しいですが、Cクラスに上がるような冒険者だとマジックバックを手に入れていることが多いので、大型の魔物でも収納できるようですけど、え、え、なんで、そんな風に千切れるんですか?」
「ネル、こいつに突っ込むだけ無駄だって」
「いや、だって、って、えええええ!」
毒針や爪はよかったのだが、魔石は胴体部分にあったので仕方なく手刀で外殻を切り裂き中に手を入れる。淡い紫色の魔石が出てきた。
「いやいやいや、なによ、それ!!なんで手で切れるのよ!!!私の剣じゃあ歯が立たなかったのに!!」
「そ、そうですよ。私が必死になって、ウインドカッターの重ね掛けを編み出したのに!!」
「轟流奥義漆ノ型『楡』を使ってるからな。それにさっきも二体目のグレートスコーピオンに使ってたんだけど?」
「人の戦いに目を向ける余裕なんてあるわけないでしょうが、この理不尽大魔王!!」
「うっうぅう。私の魔法より切れ味鋭いなんて…」
二人とも十分すごいのに、何が不満なのか叫ぶフランと落ち込むネルにかける言葉が見つからないので話題を変えることにする。
「それで、マジックバックだっけ?もしかして魔法都市で売ってたりするのかな?」
「…ありますけど、高いですよ。私たちには手が出ません」
異世界定番アイテムーマジックバックは収納の要だからな。それがないと、せっかくの素材を捨てないといけないし、最優先入手アイテムだな。
Cクラスだと割と普通に持ってるみたいだし、そこまでレアじゃないんだろう。
よし。
魔法都市に行くのがますます楽しみになってきたぜ。
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