第7話
俺は自分の口にしたことを証明するために、フランに剣を構えさせた。
「これでいいの?」
「ああ、それがいつもの構えなんだろ」
我流にしては悪くない。
でも、正面に立った俺は、どこを付けばいいのかが一目でわかる。
それが彼女の弱点。
「軽く押すよ」
俺は拾い上げた棒で彼女の右肩を軽く押した。
それだけで、バランスを崩した彼女が尻餅をつく。あっけにとられた表情で俺を見上げるフランを立ち上がらせて、もう一度構えさせる。
そしてほんの少し矯正する。足や腰の位置をほんのわずかに変えさせて、重心のバランスを変えてやる。
「もう一度、同じ力でつくよ」
俺が肩を押す。
しかし、今度はフランは身じろぎ一つしなかった。
「わかるか?」
「うん。押された力は同じくらいなのに全然私の体がぶれなかった」
「つまり、今の状態が正しい構え方なんだよ。正しく立つことができれば、大地に根を張る大樹の様に揺れ動かなくなる。これは轟流の基本になんだが、その状態で剣を振ってみて」
俺は先ほどフランを小突いた枝を横向きにして彼女の剣を受ける。
パシンと気持ちのいい音はするけども、枝は折れない。枝といっても俺の腕くらいの太さはある。それでも、鞘から抜いていないとは言っても重量のある剣を叩きつければ折れてもおかしくはないはずなのだ。
力が逃げている。
正しく剣を振り下ろした時のエネルギーが、枝に伝わっていないのだ。だから、彼女は本来ある以下の力しか相手に届かせることができない。
「つまりな…」
といって、重心移動の方法、剣を振り下ろすときの足首の動きから、腰の動き、肩、肘、手首とすべてが連動して最大限の力が発揮できるように指導する。
すると、
「はっ!!」
気合の掛け声とともに振り下ろされた剣は、きれいに俺の持つ棒を叩き折った。
「な、これが正しい剣の振り方なんだよ。今の一撃なら十分オーガの腕でも切り落とせてるよ」
誇張でもなんでもなく俺は言う。
フランは自分の感じた手ごたえを確かめるのにぐーぱーぐーぱ―と繰り返す。
「すごいわね。やっぱりあんたも剣を持ったほうがいいんじゃない?」
「他人のはわかるんだよ」
対峙した相手のスキを見つけるための目で、彼女の問題点を指摘しているだけなのだ。自分で剣を握るのとは勝手が違う。
「本当にすごいです。フランの素振りはずっと見てたけど、今までと全然違います」
「これでわかっただろ。二人に俺でも多少は教えてやれることはあるって。だからさ一緒に魔法都市に行こうぜ」
俺の提案にフランとネルは顔を見合わせた。
「うん。ちょっと半信半疑だったけど、いまのは本当にすごかった。私は魔法都市はどうでもいいけど、戦い方は教えてほしい」
フランのほうが言ってくるってのは意外だな。でも、たぶん、ネルと違ってこれといった力がないのがコンプレックスだったんだろう。
「私も行きたいです。足手まといかもしれないけど、怪我したら治療できるし、魔法都市でもっとたくさんの魔法を勉強したいんです」
「よっしゃ。じゃあ、決まりだな。とりあえず、王都に戻って報酬貰ったらドニーに行こうぜ」
「うん」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ギルドの扉をくぐると、冒険者の数は少なく閑散としていた。
中級クラスの魔物が出たことで、いろいろと騒がしいのだろ。俺がカウンターに行くと、受付嬢が嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
この子もかわいい。
というか、異世界女子のレベルが高い気がするな。
「ああああ、イチロウさん。ほんっっとうにありがとうございます!本来Fランクの冒険者にお願いする依頼じゃなかったんですけど、無事解決したそうですね。ニースの村から報告の伝書バードが飛んできました」
「いや、大したことじゃ」
「いえいえ、ごらんのとおり今日もギルドは静かでしょ。イチロウさんが引き受けてくれなかったら、オーガ討伐がいつになったことか」
「まだ、クヌカの森の調査に?」
「そうなんですよ。最初は軍が出動していたんですけど、彼らは一日で調査から手を引きました。軍が出動したのは、クヌカの森の調査でなく誰かを探していたらしいです。見つかったのか、見つからなかったのか、目的は達したとかで。撤退したみたいです」
たぶん、俺が脱いだ鎧を発見したんだろうな。そこで、捜索は打ち切られたということか。連中にしてみれば、役に立たない勇者よりも聖なる装備品のほうが重要なんだろうから。
「じゃあ、冒険者だけでクヌカの森の調査を」
「そうみたいです。イチロウさん達の遭遇したグリフォン以外にもいたみたいですけど、今のところ冒険者に被害は出ていないようです。ただ、ごらんのとおり、冒険者の数は少ないままなので、イチロウさんには今後ともお願いしますね」
「メルハナ!」
受付嬢の背後から、野太い声が聞こえてきた。
ドワーフ族っぽい背の低いひげもじゃの男がのっそりのっそり歩いてくる。
「それはいかんと言っておろうが!!。イチロウ殿。この度はオーガの討伐ご苦労様じゃ。わしはこのギルドの長を務めておるインガと申す。メルハナはそういったが、お主はFランク。オーガを倒すほどの力があったとしても、レベルに見合っていない依頼を出すことはできん。
冒険者は信用が命。
斯様な前例を認めてしまえば、どうなるかわからん。経験の浅い冒険者ほど、無謀なことをしでかしかねん。己の力量を過信して命を落としては元も子もないのじゃ」
「だったら、イチロウさんをCランクにすればいいじゃないですかぁ」
「黙っとれ!!」
口を尖らせるメルハナさんをギルド長が一喝する。ひえぇと涙目になって彼女は受付の向こう側に逃げ込んだ。
「ルールはルールですじゃ。一足飛びにランクを上げるなど、ほかの者への示しがつかぬ故、一つずつランクを上げてくだされ。なーに、お主ならあっという間じゃろうて」
「それで俺は問題ないです」
メルハナさんにお願いしますと言われたときは、町を出ていいのかと思ったけども、特に問題はなさそうでよかった。
報酬を受け取り、前回と同じ宿に向かう。
それにしても初めてドワーフを見たけど、イメージ通りでびっくりした。召喚されたとき、この世界について一通り説明を受けて、エルフやドワーフ、獣人についてもいると聞いていた。でも、見るのは初めてだ。
「この街にもドワーフっているんだね」
「王都じゃあまり見かけませんもんね。北の鍛冶屋街に行けば何人か暮らしていますよ。ふふふ、イチロウさんには関係ないんでしょうけどね」
「素手だもんね。でもさ、籠手とか脛あてくらいはあってもいいんじゃないの?」
「それはそうだね」
「あれ?てっきりいらないっていうのかと思った」
轟流においても、戦場では軽い防具は身に着けていたらしい。刀を捌くことはできても、受けるのは厳しい。実家の道場に開祖が身に着けていたという防具が置いてあるが、フランが言うように籠手も含まれていた。
そのうち、装備を整えるのも悪くはないかもしれないな。でも、まずは魔法都市だ。
「いますぐ欲しいってわけじゃないけどな。そんなことよりドニーに行くための準備をしたいんだけど、この後買い物に付き合ってくれる?」
「もちろん、いいですよ」
「うちらも旅に出るなら買うものあるし」
宿を確保してから、俺たちは三人連れだって再び出かけた。
旅に必要なものとか見当もつかなかったけど、二人に聞いて、外套や食器類、携帯食料なんかを買い込んだ。探検隊が担ぐような大きなバックパックにそれらを詰め込んで、出発の準備を整える。
たったそれだけのことでも、二人でいてくれて大助かりだった。キャンプの経験もほとんどないし、何が必要かもわからなかったのだ。
明日は魔法都市ドニーに向けて出発だ。
この世界に召喚されて、毎日毎日訓練で閉塞感が半端なくて全然楽しくなかったから、ようやく異世界生活が始まるという気分だ。ソウには悪いけど、俺だけ自由を満喫させてもらうぜ。あいつも何だかんだでこの世界を楽しんでいるみたいだからいいだろう。
俺はこれからの冒険を想像してこの日はなかなか寝付けなかった。
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