第6話
三人で王都へと戻る街道沿いを歩いていると、ワイルドボアが1頭現れた。
「二人に任せるよ」
行きがけは急いでいたから、問答無用で俺が相手をしたわけだけどワイルドボアはただデカいだけのイノシシで、魔物としてのランクは下級。二人でも十分対処できる。
「おっけー、任せて」
フランが先行して剣を振るう。
それを確認しながら、ネルが魔術回路に魔力を注ぎ込む。俺にはどんな魔法を使うのかはさっぱりわからないが、見る見るうちに複雑怪奇な魔法陣が構成されていく。
ワイルドボアをフランが素早い動きで翻弄しながら、浅いながらも多数の傷をつけていく。斬撃一つ一つに力はないようだが、彼女は敵の引き付け方が上手い。お世辞にも剣士としての技量は誉められないけども、ネルの魔法が完成するまでの囮としては完ぺきだった。
フランが飛びのき、ネルの魔法が発動する。
「アイシクルランス!!」
鋭くとがった氷の塊が6つ、ワイルドボアに深々と突き刺さり、力を失ったワイルドボアは地面に倒れた。見事な連携である。
「二人ともすごいじゃん」
「このくらい大したことないわよ。拳一つでワイルドボア殴り倒す変態に言われてもね」
「まだ、それ言う?しかも変態って」
「何度でもいうわよ。素手で戦うなんて非常識よ」
ぶつぶつ言いながらフランがワイルドボアの解体を始める。行きがけは捨てたけど、ワイルドボアは皮も肉も売れるため、魔石と内臓を取ったらこのまま王都に運ぶそうだ。
「運ぶったって、重いだろ」
「私たちなら足一本が限界ですけどね」
「そうそう、あんたの理不尽な筋力に期待するわ」
「さいですか」
彼女が持っていたロープを足に結び付け、ワイルドボアを引きずる。おそらく200キロくらいはありそうだが、この世界の俺の筋力なら問題ない。たしかに理不尽である。だからこそ、腑に落ちない。これだけの力があるのなら、ほかにも素手て戦う人がいてもいいと思う。
「ギルドじゃ、俺のステータスはレベル30~40くらいと同じって話だったんだけどさ、それってつまり俺と同じくらいの力をした冒険者はいっぱいいるってことだろ?」
「中級クラスの冒険者となると数は減りますが、確かにいますね」
「ってことはさ、ワイルドボアを殴り殺せる力はあるってことじゃないのか?」
「力があるからって殴らないわよ。同じ力でも殴るより、大槌でも振るったほうが効率いいでしょうが。剣なら切り裂けるわけだし」
フランの言うことはもっともである。だからこそ武器は生まれたのだろうから。
「けど、武器は壊れることもあるだろ。剣士が剣を失ったらどうする?」
「武器をなくしてもいいように、最初から素手で戦うってこと?」
「そういう考えで轟流は構成されてるからな」
「言いたいことはわかるけど無茶だよ。せっかく恵まれた能力があるんだら今からでも剣を覚えたらいいじゃない」
「剣は合わないんだって」
「ふふ、じゃあ、魔法覚えますか?せっかくの身体能力がもったいないですけど、魔法にも適性があるんだし」
「あー、それはパス。使いたいけど、魔術回路が覚えられん。ネルはどうやって覚えたんだ。家は普通の農家なんだろ」
「私は…」
顔を赤くしてうつむいたネルの言葉をフランが引き継いだ。
「旅の魔法使いに、才能あるって言われて魔法書をもらったのよ」
「じゃあ、独学」
「そうなります」
確かに自分で才能あるとは言いにくいか。でも、独学だとしたら、本当に才能があるのだろう。魔力さえあれば魔法の使える世界だけど、魔法書だけで使えるようにはならないはずだ。城で魔法使いの実演は見てきたが、彼女の魔術回路の構成速度は彼らにも勝るとも劣らないレベルだった。
「じゃあ、フランは」
「私も独学だよ。あんな小さな農村に剣士なんているわけないもの。この子が魔法使いになるっていうからさ。でも、魔法を発動するまでの時間稼ぎは必要でしょ」
「それで二人で冒険者やってるわけか」
「まだEランクだけどね」
フランは自嘲気味にそういうけども、彼女の動きも悪くはなかった。確かに剣の振り方には改善の余地はあるけども。
「もっともっとランク上げて、稼ぎが増えたら今度こそ両親を王都に呼ぶの。それが私たち二人の目下の野望かな」
「うん。イチロウはどうするの?」
「俺か、俺はとりあえず王都を出ようと思ってる」
不要になった”勇者”を探しているとは思わないけども、連中の膝元にいれば偶然ということもあるからな。
「どこか行く先きまってるの?」
「とくにはないけど、王都周辺で冒険者ギルドがある町ってあるか?」
「近いところだと西の鉱山都市アースか南の魔法都市ドニ―かな?」
「魔法都市か…」
得意じゃないけど魔法という響きには心躍るものがある。それに魔術回路の見本さえあれば使えるわけだから、戦闘用以外の魔法なら使い道もあるかもしれない。
旅をするなら結界魔法とか野営の時に使えるし。
「よし。次の目的地は魔法都市にしよう」
「いいなあ。私も一度行ってみたいんですよね」
「じゃあ、一緒に行こうぜ?」
旅は一人より多いほうが楽しい。
王城の中じゃ、いつも誰かがそばにいたけど、俺は一人だった。フランもネルも俺を”勇者”として扱わないし、”不用品”とは思わないから一緒にいて楽しいしな。
「ねえ、フラン。どうしよう。行けるなら行きたいけど…」
「まあ、私たちのレベルじゃねえ」
「どういうこと?」
街にレベルによる入場規制でもあるのだろうか。
「ドニーは王都から歩いて三日くらいの距離にあるウルって山にあるんですけど、そこは魔物の巣窟なんです」
「なんでそんなところに街が?」
「魔法学は国の防衛にもかかわる学問だから、国家機密を持ち出されないようにという理由からウルの中に作られたそうです。そういう関係上乗り合いの馬車もないので、実力を伴ったものしかたどり着けないんです。それこそ、中級の魔物が出るし。私たちじゃ…」
「大丈夫だろ」
「そりゃあ、イチロウはね」
「いやいや、俺が言ったのは、二人の実力で大丈夫だろって意味だよ」
中級がオーガやグリフォン、アヴィをさすのなら二人の実力なら十分対処できる。さすがに今のままというわけにはいかないだろうけど。
「あのね、私もネルもレベル17だよ。中級クラスはレベル30以上じゃないと手も足も出ないって。レベル10で戦えるあんたが規格外なだけ」
「まあ、それなら俺が護衛するから一緒に行こうぜ。二人にも戦い方のコツを教えるよ。俺の見立てなら、村に出たオーガ程度なら二人でも十分に勝てる。さすがに4体同時はきついかもしれないけどね」
元の世界で轟流の師範代として後進の指導をしてきた経験があるからわかる。格闘と剣術、ましてや魔法は別物であるが、敵を倒すという観点においては同列である。二人とも才能は十分あると思う。ただ、師がいなかったことで才能を伸ばすことができなかっただけだ。
だから俺は、二人はそのことを説明することにした。
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