第5話
うげええええ
大量のアルコールが逆流して、すえた匂いと不快感に襲われる。
「大丈夫ですか?」
やさしく俺の背中を擦ってくれるのはネルという名の緑髪の美少女。大丈夫と口を開こうとすると、また気持ちの悪いものがこみ上げてきた。
出るものがなくなって最後に出てきた胃酸が喉を焼き尽くす。
「まったくだらしないわね。オーガを軽く一蹴するような冒険者とはとても思えないわね」
「もう、そんな言い方はひどいよ」
壁にもたれ掛かった赤髪のフランが小ばかにするのをネルが窘める。
オーガを倒した後、助け出された村人によってお祭り騒ぎになったのだ。村の集会場のようなところに、料理が所狭しと並べられて、飲めや歌えの大騒ぎになっていた。
そして助かった村人が次から次に感謝の言葉とともにお酌してきたのだ。マッコリのような酸味のある白濁したお酒で甘味があっておいしかったのと、せっかくの好意を断ることもできずにいたら、あっという間に撃沈した。そもそも、日本では未成年なので飲酒の経験値も低い。
「こんなに飲ませちゃってごめんね」
「いや、大丈夫。それで、結局話はまとまったの?」
渡された水を一気に飲み干しても、のどに残るイガイガが取れなかった。
「ううん。無理だって」
「そっか」
オーガに襲われたことで、フランとネルは家族に外壁に囲まれた王都への引っ越しを提案したそうだけど、彼女たちの両親は頑としてこの村を離れる気はないそうだ。町での生活への不安もあるし、何より先祖代々受け継いできた畑を手放せないという。
「魔族の進行を抑えてるっていう国の通達を信じているみたいなんだよね。こんなところまで中級クラスの魔物が来るんだから、そんなの嘘に決まってるのにね」
とはフランの言葉だが俺の知る限り、それは事実だ。この国の東は魔物の支配領域(魔界)があり、魔王がこの国に攻め入ってきているのだが、今まで押し込まれ気味だった前線は、ソウの開発した新兵器で巻き返しに成功したと聞いている。
だからこそ、俺は不要だと思われていた。
鉄砲の生産は進んでいるはずだけど、まだまだ数が足りていないのだろう。それはきっと時間が解決するから、前線はソウに任せていれば問題ない。
問題はこの村だ。
関わった以上放ってはおけない。
「普段はどうしてるの。見たところ囲いもないよね」
「畑全部覆いつくす囲いを作るのなんて無理なんです。木材はいくらでもありますけど、王都の外壁のように石造りでないと魔物に対して意味ないですから」
「それじゃあ、魔物が襲ってきたときは、今日のように洞窟に隠れるだけってこと?」
「今回のようなことは特別よ。この辺はゴブリン程度しか出ないし、その程度なら農作業で鍛えられた村の人たちでも十分対応できるもの」
「それに結果が張ってあるんです」
「結界?」
「王都にかけられているような強固なものではないですけど、下級の魔物はそれだけで近づいてきませんし、中級の魔物が来たとして逃げるための時間稼ぎのようなことはできるんです」
ただ、とネルが言葉を落とす。
国の台所を支える畑は国としても必要なものなので、基本的に結界は国が派遣した司祭が掛けてくれるのだが、彼らは王国内の村々を巡回しているため、こういう時は別途教会に派遣をお願いしないといけないのだ。
だが、それにはお金がかかるということと、前線の戦いが激しさを増しているせいで神聖魔法を使える司祭もその多くが出払っているそうだ。
「ネルは結界魔法は使えないのか?」
最初に会った時、回復魔法を使っていたし、結界魔法も同じ神聖魔法に含まれると王都で教えてもらっていた。
「使えますけど、中級クラスの魔物に耐えうるものとなると魔力が足りません、それに私の魔力では範囲も狭いものしかできませんし」
「魔力の問題だけ?」
「そうですけど?」
と、首を傾げる仕草がものすごくかわいい。
「俺の魔力じゃ無理かな?」
「え、うそでしょ。魔法も使えるの?何でもありじゃない!!」
フランが目を白黒させて胸倉をつかんでくるが、頼むから揺らさないでほしい。
まだ、酒が抜けてないんだが。
この子もかわいいのだが、威勢が良すぎでちょっと引いてしまう。ネルと違って敬語じゃないからとっつきやすくはあるんだけど。
「一応ね」
勇者として召喚されたおかげで、物理と魔法の両方に才が与えられている。そして、城では両方の訓練を受けていた。物理よりであったことは言うまでもないが。
「そうですね。ギルドでステータス見ましたけど、私の倍くらい魔力もありましたから、十分可能じゃないかと。あとは、それなりの魔石があればいいんですが…」
「オーガの魔石じゃ足りない?」
「十分ですけど、いいんですか?オーガの魔石なら結構なお金になると思いますけど」
「いいよ」
この前のグリフォンの儲けで生活にゆとりはあるから問題ないだろう。それに4つもあるのだ。
「じゃあ、お願いします」
ということで、翌日俺はこの村に結界を張ることになった。
だが、正直魔法は苦手である。魔法を使うには魔術回路というものを構築するのだが、いわゆる魔法陣のようなものを魔力を用いて描くのである。
記号や文字が複雑に絡み合ったものを自分の前方にイメージの力で書き上げるのだが、正確性が求められる。文字の一つ一つ、記号の形や大きさにも意味があるらしくてちょっとでも間違うとよくて魔法の発動に失敗。悪ければ込められた魔力が暴走する。
城での訓練の成果は、お手本となる魔術回路が書いてある紙を片手にゆっくり時間を掛ければ発動できるという程度だ。
優れた魔法使いは、魔術回路の構成速度が段違いなのだそうだ。
そういう意味では、ネルはかなり優秀だと思う。フランのケガを癒すときの回復魔法は発動までほとんどタイムラグがなかった。魔力は少ないからと自己評価は低いようだけど、結構すごいじゃないかと思ってる。
「こんなところです」
そんな彼女に結界用の魔術回路を地面に書いてもらった。めちゃくちゃ複雑である。ただ、これでも下級クラスらしい。彼女が描いた魔術回路は二次元のものだが、上級魔法になると三次元的に展開するそうだ。
意味がわからない。
地面に書かれた魔術回路を見ながら間違いがないように魔力をペンの様に模写していく。本当は紙とかあれば、それをなぞるだけでいいんだけど、地面に書かれたものだと発動はできても魔石に固定ができないらしい。そして、紙は貴重である。
「あ、そこの∥は右側が少し短いんです」
「っと、そうか」
一度書き間違えれば、最初からやり直しである。すでに4時間くらい失敗を繰り返しているのだが、最後まで書ききれない。なんで、みんなこんなものを戦闘中に描けるのか不思議である。
「ひたすら練習しましたから」
だそうだ。
フランが冷やかしに来たり、ほかの村人が様子を見に来たりして、昼休憩後の2回目の挑戦で魔術回路は完成した。
「問題ありません。じゃあ、あとは発動だけですが、魔力を注ぎ込んだ魔術回路に右手を添えて、この魔石に向けて発動句を唱えてください」
言われるとおりに、目の前に見えている青く発光する魔法陣に向かって右手を触れさせる。実態があるわけでもないのに、確かに触れている感覚が返ってくる。
地面に置かれたオーガから抜き取った魔石に向かって呪文を唱える。
「
まばゆい光がいったん魔石に収束し、村全体を覆うように広がっていく。結界は集落の民家の集まっているエリア半径300メートルほどにとどまっている。さすがに畑すべてを覆うことはできないし、範囲を狭めることで中級の魔物にも効果があるように設定しているらしい。
結界の光は広がるとそのまま見えなくなってしまった。
「うまくいった?」
「ええ、大成功です。さすがです!!」
うれしそうな笑顔に俺もほっとする。
暴走してないということは成功なのだろう。地面に転がっていたオーガの魔石には先ほどの魔術回路が刻まれて淡く光っている。
この魔石に取り込まれている魔力が枯渇するまで結界を維持してくれるらしい。発動と違って結界のランニングコストは低いらしいので、オーガの魔石一つで半年くらいは持つそうだ。
無事に村に結界も張ることができたので、俺はいったん王都に戻ることにした。オーガ討伐の報酬も貰わなければならないし、言っちゃなんだが農村にいてもやることはない。
俺が村を出るというと、総出で見送りに来てくれた。
二日しか滞在してないけども、いい村だった。
「王都に戻るなら私たちもご一緒していいですか?」
フランとネルが同行を申し出たけど、断る理由はもちろんないので一緒に帰ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます