第4話
「あああ、イチロウさんいいところに!!」
冒険者ギルドに入ると、昨日の受付嬢が俺の名前を叫びながら入り口までやってくると、ガシッと両手を捕まれた。
柔らかい感触と、彼女からいい匂いが漂ってきた。
「どうかしたんですか?」
かわいい女性に至近距離で見つめられるのはうれしいけど、昨日登録したばかりのFランク冒険者に何の用があるのだろうか。
「えっと、それがですね--」
と、説明が入る。
どうやら初心者向けのクヌカの森に中級クラスの魔物が出たことで、王国軍が調査に向かったこともあるが、中級クラスの冒険者も出払っているそうだ。
結果、別の場所で中級クラスの魔物の出現が報告されたが対処できるものがいないということだった。
そんなことで大丈夫なのか、冒険者ギルド。
しかも王都だぞ。
「剣でも槍でもお貸ししますので、ご対応していただけないでしょうか?正直、Fランクのイチロウさんに依頼するべき内容でないことはわかっているんですが、ほかに対応できそうな冒険者がいなくて」
「それでどこで何を倒せばいいんでしょうか?」
頼られるのは悪くない。
というより、うれしいくらいだ。
「はい。ここから北東にあるニースという小さな農村があるのですが、そこでオーガが現れたそうなんです」
「ニースですって!!!」
悲鳴のように叫びが聞こえたので、振り返るとフランとネルだった。宿で朝食を一緒に食べた後、日用品を買いに俺は出かけたので(何しろ着の身着のままだった)、二人は先に冒険者ギルドにきていたが、ドアをくぐると同時に受付嬢につかまったため気付かなかった。
「知ってるの?」
「知ってるも何も、私たちの村です。ああ、もう。行かなきゃ!!」
「ちょっと、待ってください。お二人のレベルでは!」
慌てて出ていく二人を止めようと受付嬢が声をかけるが、自分たちの村が襲われるとあって駆け出した二人を止めることはできない。
「俺が追いかけます」
「…すみません。お願いします!!」
そう言い残して、俺は二人の後を追いかけた。
ニースの村というのがどこにあるかわからないが、二人なら知っているはずだ。
ギルドを出て左右を見渡すと、すぐに二人を発見する。フランの昨日のケガも完治したようで、問題なく走っていた。
それでも俺と比べると全然遅い。
「ちょっと、待ってくれ」
「待てるわけないでしょ。私たちの村が襲われているのよ!!」
「わかってるって。俺も行くから案内してくれ」
「え、ああ、わかったわ」
多分、二人は足手まといになるかもしれない。でも、ニースの村の場所も知らない俺では時間をロスしてしまうかもしれない。
そんなわけで、二人の案内で俺たちはニースという農村にたどり着いた。歩いて半日ほどの小さな村で、ジャガイモやニンジン、キャベツといった野菜類を多く育てている農村らしい。
「っていうか、何なのよ!!」
「びっくりです」
フランがいきり立ち、ネルが驚愕を言葉にする。
「何が?それで、洞窟はどっちにあるんだ?」
村では緊急時には、野菜などの貯蔵庫である洞窟に避難するらしいので案内を頼む。
「洞窟はあっちよ。っていうか、なんで素手でワイルドボアの群れを一蹴できるのよ!!」
「なんでって、別に普通だろ」
ワイルドボアというのは村に来るときに遭遇した巨大なイノシシの群れのことだ。体高1.5メートルほどのでかいイノシシだったけども、まあ、それだけだ。
元の世界ならともかく、この世界の身体能力ならそれほど難しい相手だとは思わない。
「普通なわけあるか!!」
「そうですよー。ワイルドボアは下級ですけど凶暴ですし、彼らの通った後にはぺんぺん草も生えないっていう農家の天敵なんですから!」
「ネル。問題はそこじゃなくて、こいつが素手でワイルドボアを殴ったってところだからね。どうやったら拳一つでワイルドボアが吹き飛ぶのよ!」
「どうやってって…轟流奥義、弐ノ型”椿”だけど」
ぶっちゃけ只の正拳突きなんだが…。
「いやいや、そういうことじゃなくて、ああ、もう!!」
「ふふふ、本当にイチロウはすごいですよね。それより、洞窟見えてきました」
彼女たちに案内されるまま、村につながる森を抜けた先に洞窟があった。その前にはオーガと呼ばれる大鬼が陣取っていた。
その数四体。
体つきは俺より二回り大きいってところか。
鋼よりも堅そうな印象を受ける凶暴な筋肉に体を包み、相貌は禍々しく巨大な角が生えている。
「四体も…!?」
「でも、まだ入り口は破られてないみたい」
数に驚くフランに、入り口が無事だと安堵するネル。
この辺に現れるのはせいぜいがゴブリン程度の下級の魔物なので、洞窟の入り口に設けられた扉もそれほどの強度はないらしく、二人は慌てていたらしい。
「二人はここで待っててくれ。俺が行く」
「いやいやいや、あんたが異常に強いのは認めるけど、4体だよ!4体!しかも相手は武器を持ってるし」
フランに指摘されるまでもなく、オーガがこん棒と呼ぶべき獲物を手にしているのは見えている。それに一体はハンドアクスらしきものまで持っていた。
それらを使って洞窟につながる扉を破壊しようとしているのだ。
いまだに破られてないのは奇跡にも等しい。
「問題ない」
俺は軽く答えると、引き留める二人を無視してオーガに向かって駆け出した。
そもそも、轟流は戦場で生まれた技術である。
戦場で刀や槍が折れたらどうするのか?
当然、そこらに落ちているものに持ち替えて戦うのが正解だ。だが、都合よく落ちていないこともあるだろう。だったら、初めから素手で戦う術を身につけたほうが早い。そして轟流はもともと武具を身に着けた相手を戦うための技術なのだ。
相手が武器を手にしていることは恐れる理由にはならない。
扉に集中しているオーガは俺の接近にはまるで無関心だった。
背後から一気に間合いをつめ、膝裏にけりを叩きこむ。
いきなり膝カックンを受けたオーガは崩れ落ち、目の高さまで落ちてきた頭部に拳を叩きこむ。岩石を殴りつけたような感触が返ってくるが、かまわずに振りぬいた。
弾き飛ばされた巨体が扉へと激突し、残りの三体が俺の接近に気が付いた。
二体目のオーガが咆哮を上げて、こん棒を振り下ろす。
それを半身反らせるだけで躱して、ボディブローを叩きこむ。あまりの衝撃に、前屈みにくずれ落ちてきたところで下あごを殴りつける。
脳みそを揺さぶられたオーガがその場に崩れ落ち、3体目が背後からこん棒を叩きつけてきた。
俺は振り向きざまにこん棒に優しく触れて軌道をずらすと、地面をしたたかに打ち付けたこん棒にかかとを叩きつける。
へし折れたこん棒には目もくれずに一歩離れる。
こん棒を失ったオーガが俺の顔よりも大きな拳を振り回してくるが、そんなものは”格闘”を身につけた俺からすれば子供の喧嘩殺法に等しい。
打撃を掻い潜りつつ、手斧を持ったリーダー格っぽいオーガの斬撃も捌く。
手数が倍になったところで所詮は子供だましの力任せの攻撃に過ぎない。
「やっぱり素手が最強だな」
鎧を着て剣を握っていた時は、この程度の攻撃にも体の動かし方がハマらず後れを取ってしまったが、今なら何のことはない。
一撃でも受ければ死にかけない頼りないただのシャツとズボンだけど、遥かに動きやすい。
肩が回る。
足が自由に動く。
腰を捻れる。
大体、攻撃を受けてもダメージがないっていうのがいただけない。
危機感がなくなるから、反応が鈍る。
オーガの一撃は確かに俺を殺しうるだろう。
だからこそ、集中力も高まるというもの。
地面に叩きつけられた手斧の背を踏みつけて跳躍すると、オーガの側頭部に回し蹴りを叩きこんだ。確かな手ごたえが感じられるが、手斧を握ったオーガは先ほどまでの2体と違い攻撃に耐えきった。
すぐに手斧を振り上げて、空中で身動きの取れない俺をぶった切ろうとしてきた。
空中で体をひねると、手斧の刃に足裏を添えてオーガの振りぬく力に合わせて足を屈伸させる。ふわりと伸身宙返りを決めて地面に着地した。
同時にもう一体のオーガの拳が飛んでくるが、手首をつかみ取り逆の手を腰に添えて相手の勢いを利用してそのまま地面に叩きつける。
地面に頭から落ちたオーガが絶命したのを見届けて、最後の一体に向き直る。
オーガは右手に手斧、左手に拾い上げたこん棒を持ってやみくもに振り回すが、結局のところいままで変わらない。
たった一体になったオーガの攻撃の隙をついて、弐ノ型”椿”を叩きこんだ。
大砲の一撃を受けたように腹部を大きくへこませて、オーガはぶふぁっと大量の血液を吐いて地面に頭から倒れ伏した。
それを確認した俺は二体目に相手をしたオーガは脳を揺さぶっただけだったのでとどめを刺しておく。
「終わったぞ」
隠れている二人に声をかけると、
「だから、なんなのよ!!」
「ははは」
文句と気の抜けた笑い声に出迎えられた。
「おかしいでしょ。オーガよ。オーガ。中級の魔物で、しかも武器まで使うような知恵ある魔物なのよ!!」
「あんなもの武器を使う内に入らないって」
「フラン、そんなことよりみんなを出してあげなきゃ」
「そうだったわね。あんたみたいなのにかまっている場合じゃなかったわ」
二人は扉に向かって歩いていき、中にいる村人たちに声をかけた。
俺はその様子を見ながら、拳を開いたり閉じたり戦闘の感覚を確かめる。オーガの頭は岩石のように硬かった。それでも手の骨に異常はない。
「やっぱり、この世界の肉体は異常だな」
フランがおかしいというのもわからなくはない。全力で岩を殴れば普通砕けるのは手のほうだ。
扉が開かれて、次から次に人々が外にでてくる。そして、青空のもとに自分の無事を確認して、歓喜の涙を流しているものもいた。
こういうことだよな。
勇者といて召喚されたのに、王城にいる間は人を助けたことなんか一度もなかった。城を出たの偶然だけど、間違いじゃなかったと思う。
魔王はソウに任せておけばいいだろう。
あいつならきっとうまくやってくれる。
天才だしな。
俺は冒険者として自分の手の届く人たちを救っていこう。
助けられた村人の笑顔を見て改めて決意した。
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