第3話
フランとネルという二人の冒険者と共に王都に戻ってきた俺は、冒険者ギルドというところに顔を出した。この世界に召喚されて3か月。城の中にずっといたので、街を歩くのは初めてだ。
「ここがギルドです」
怪我をしているフランは宿で一休みして、俺はネルという魔法使いの少女と一緒だ。緑色の髪の毛という如何にもファンタジーという髪の色だけど、現実にあってそれほど不自然ではなかった。
日本にいた頃、紫色の髪をしたおばちゃんをみて、アレはないわ、と思っていたのだけど、この世界には普通に存在している。それでいて違和感は全く。目の前の少女の髪の毛も違和感がない。というか、ぶっちゃけ可愛い。
城にいた頃は、周りにいるのは筋骨隆々とした兵士に、真面目くさった笑み一つこぼさないようなメイドばかりで息の詰まる思いだった。その反動もあるのだろうが、いや、それを抜きにしてもネルは可愛いし、フランも勝気な性格をしていたけども、美人だった。
「まずは換金と、それからイチロウの冒険者登録ですね」
「どこに行けば良い?文字の読み書きはできないんだけど」
「大丈夫です、案内します」
この世界に呼び出されたとき、魔法的な力で、俺の体には翻訳機能が埋め込まれているらしい。背中には召喚の儀式に使われた魔法陣が刺青のように彫られているのだが、その中に言語を理解するための術式が入っていると説明を受けている。
だけど、文字の読み書きについては別なのだ。
彼女につれられて、一番右のカウンターへと進んでいく。ギルドの受付は20代くらいの女性だろうか、やたらと胸が大きかった。顔も可愛いのだが、なんというか、自然とそっちに目が行くというか。
「あの、こちらの素材の買取と、この人の冒険者登録をお願いします」
「かしこまりました。ふむふむ、ってグリフォンですか?」
「はい」
カウンターに並べられた魔石に、爪や嘴といった素材を見て受付嬢が目を丸くする。
「これをどこで。クヌカの森に素材集めに行かれたんですよね」
「ええっとそうです。その時に遭遇したんです。倒したのはこっちの人ですが…」
「グリフォンって中級ですよ。しかし、クヌカの森にいるはずのない魔物ですか…、こうして現物まで持ち込まれては、信じるより他にありませんね。ご無事で何よりです。他の冒険者への注意喚起に、軍にも報告が必要ですね。少しこのままお待ちいただけますか」
そこからは上や下へと大騒動だった。受付嬢がギルド長へ報告をして、現在クヌカの森に入っている冒険者の確認と、捜索隊がすぐに結成された。グリフォンを討伐可能な冒険者へ依頼も発注されて、数名の冒険者がギルドを出て行った。それらの対応を終えて、ようやく俺たちのところに受付嬢が戻ってくる。
「すみません。お待たせしまして、素材をお預かりします。査定の間に冒険者登録の方を進めましょうね。といっても、大した手間ではありませんが、えーと、お名前は?」
「イチロウです」
「それでは、イチロウさん、登録証のここに右手の人差し指を、それから左手をこちらの宝玉にかざしてもらえますか?」
カウンターの上に受付嬢がサッカーボールほどの宝玉を乗せ、さらに一枚のシルバープレートが置かれる。先ほど見た、ネルの持っていた冒険者証と同じだけど全てが空欄である。宝玉は水色でわずかばかりに光を放っている。召喚されてすぐのころにステータスの確認に使われたものであるので、見覚えがあった。
グリフォンを討伐したという情報に耳を大にしていた周囲の冒険者達が、どのような結果が表示されるのかと興味津々と言うように二人の周りに集まっている。
俺が左手を宝玉に手をかざすと、ぼんやりと立体映像のようにしてステータスが表示される。
『
氏名:ロキ
LV:10
STR:1211
VIT:1091
MAG:1008
DEX:968
AGI:1615 』
「ちょっと、これってどういうことですか!」
「あ、やべ」
受付嬢の言葉と、表示された名前を見て俺は慌てる。
そういえば、このステータス表示用の宝玉にはこんな機能もあったかと思い出す。べつに偽名を名乗っているわけではないのだ。ネルやフラン、受付嬢には本名を名乗ったといった方が正しい。冷や汗がつぅっと背中を流れるのを感じる。
「いや、これは、その。別にイチロウっていうのは偽名とかじゃなくて、むしろロキが偽名って言うか、その、すみません!!」
しどろもどろになりながら、違う名前を名乗っていたことを謝罪する。
この世界にやってきたとき、ファンタジー世界への憧れから、思わず名乗った名前。轟一郎という、珍しい苗字に普通極まりない名前。名前が異世界に余りにも不向きだからと、トドロキの後ろ2文字を取ってロキと名乗った。北欧神話に出てくる邪悪な神の名前だ。
この世界に来たばかりの頃はそういう気分だったのだ。
いまはすごく反省している。
でも、その名で登録が済んでしまったのだ。
この世界での戸籍システムは、件の宝玉を通して行われるようで、一度登録されると変更が効かないらしい。そのせいで、対外的にはずっと『ロキ』という厨二病くさい名前を使い続けなければならない。
大事なことなのでもう一度言う。
すごく反省している。
頼むから改名させてほしい。
父さん、母さん、すみません。イチロウが普通なんて思ってすみません。これからもイチロウと呼んでください。俺はイチロウなんですから。
「いえいえ、名前なんてどうでも良いですよ。本名以外を名乗る人は大勢いますから。それより、なんですか、このステータス。いや、もちろん、グリフォンを倒したんですから、このステータスなのは頷けますが、レベル10でこんな数字はありえませんよ。それこそ、中級冒険者であるレベル30から40くらいに匹敵しますよ」
受付嬢が驚き、覗き込んでいた周囲の冒険者も同じように首を縦に振っている。そういえば、俺のステータスは他の人と比べればすごいんだったっけと遅まきながらに思い出す。レベル1の時点で、レベル10相当だという風に言われたものだった。
「何か問題あります」
「い、いえ、問題はないですが…、えーと…そうですね。登録証にも無事記録されたようですから、これで完了ですね。ちなみに、職業はどうされます」
確認してみると、先ほど表示された情報の一部が冒険者証のほうにも記載されている。名前とレベルだけである。細かなステータスまでは記載されないらしい。ちょっと安心だ。
毎回こんな騒ぎになっていてはたまらない。というか、名前の登録もイチロウになっている。
「職業というのは?」
「いわゆる剣士や槍術士、弓術士や魔法使いに回復術士といった冒険者のパーティを組むのに必要な立場のようなものです。あちらの掲示板を見ていただくと分かるように、仲間を募集しているパーティというものもございます。そういうときに、剣士募集などのように記載されていますので。また、単独で登録された冒険者さんに、職業に応じてパーティをご紹介することも出来ますので…」
「そういうことですか。それじゃあ、格闘家とか拳闘士ってありますか?」
「格闘家に拳闘士ですか?なんでしょうか、それは?」
「素手で戦うスタイルというか」
「素手ってっ(ぷっ)」
周囲から一斉に笑い声があふれる。
城での反応と全く同じ嘲笑を浴びせられる。徒手空拳という概念のない世界で、俺のようなのは理解できないのだろう。でも、俺はもう決めたのだ。
武器は二度と取らないと。
「まあ、何と言われようと武器を取るつもりはありませんから」
「うーん。せっかくのステータスなのにもったいないですね。この数値なら歴史上の勇者様にも及ぶかもしれませんよ。考え直しませんか?」
受付嬢の言葉に今度は俺が噴出した。
まさか、ステータスが”勇者”並といわれるとは思わなかった。
「ちなみにグリフォンはどのように倒されたのですか。とりあえず、その時の武器で登録しませんか。」
「素手です」
「…はい?」
言葉の意味がわからないというようにきょとんとして、目をぱちくりさせる受付嬢にもう一度口にする。
「素手ですが?」
「あの、えっと…」
「言いたいことは分かりますが本当です」
「じょ、冗談ですよね」
「拳一つで倒してましたよ」
ネルの言葉に、受付嬢が引きつった笑みを浮かべるが、そんなにありえないことだろうかと不思議に思う。城でも散々言われていたことだけど、この世界にはレベルという概念があり、レベルの上昇と共にステータスは著しく上昇する。
日本にいたときと比較しても、単純なパンチ力や耐久性が上がっているのが肌で感じられるのだ。いまなら、トラでも熊でも拳一つで倒せそうな感覚がある。
「そんなに不思議ですか?これだけの筋力があれば十分可能だと思うんですけど?」
「それはそうかもしれませんが、剣を使った方が遥かに楽だし、固い魔物の皮膚や鱗を切り裂けるわけですから…」
「ああ、その説明は何度か聞いたことあるんでいいです。どちらにしても俺は格闘家なんで」
「そうですか。まあ、残念ですが…。それじゃあ、一応冒険者証の説明を続けますね」
受付嬢が説明を継続する。もはや、なんと言われても剣を握るつもりはない。他の人間はともかく剣を握った方が弱くなるのであれば、剣を取る理由は欠片もない。轟流の継承者として言わせて貰えば、己の肉体こそが最強の武器だ。
冒険者というものの説明は、いわゆる漫画やゲームの世界と同じだったので、特別なことは何もなかった。グリフォンを討伐するだけの力があっても、登録したばかりの俺は最下級のFランクからスタートということだった。
素材の換金で手に入れた10万ダリルはネルたちと半々に分けた。それでも、5万ダリルの稼ぎだ。彼女達の泊っている宿に連れて行ってもらったが、一泊千ダリルだったので、宿泊費だけで1か月分以上である。
せっかくの異世界なのに、王城での生活は毎日毎日訓練ばかりだったので、これから冒険者としての生活が始まるのかと思うとわくわくしてきた。
よし、明日は何か依頼を受けてみよう!
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