番外編 『黒』の足跡
──なんとも面倒な世界に、面倒な立ち位置で転生したものだ。
桜の花びらが散る出会いと別れの頃、私はふと独り言つ。
前世でプレイしていた乙女ゲームの世界のキャラクターに転生した──ここまではいいのだが、いやホントは良くないのだが。少し待ったをかけたい。
私が転生したのはショートの緑髪に金色の目をした美少年。そのゲームにおいての第一王子。名前はノワール。
彼──もとい私には少し複雑な過去もとい環境がある。それは中々子孫を身籠らない現王族への、分家からの養子であることだ。私が養子となった数年後には第二王子であるアルコンスィエルが誕生したのだが。
通常ならその時点で私を分家に返すのだが……しかし王族。書類上、私の現父母は、一度養子に貰った私を返すのは中途半端で気が引けるという意向から、私は王位継承権を持たぬ第一王子という何とも不思議な立ち位置にいるのだ。
なお私と弟の仲は、控えめに言っても最悪だ。
理由はもちろん、私が継承権を持ってないことや、王族なのに金髪でないこともなのだろう。とりあえずアルコンスィエルがノワールに何かと難癖をつけてくる点はゲームの設定と変わりなかった。
そんな皇太子アルコンスィエルには可愛らしい婚約者がいる。
ゲーム本編では悪役となる女の子なのだが……名前はローズ。
どこかで性格の捻れまがっちゃった子なんだけど……ストレートな髪の毛って最高だよね。
まあ今──ノワールに転生してからは、少しだけ仲間意識も持ってるんだけどね。アルコンスィエルが排除したがってる者同士であるから。
それに私は、ローズが悪役として婚約破棄されるあのエンドが気に入らないのだ。あんな性格になったのお前のせいだぞアルコンスィエル!? と言ってぶん殴りたくなったくらいには。
ちなみに
そんな弟の蛮行を止めるのは、兄である私の義務ということだ。
まあ義理の兄弟だし、そもそも中身女だから姉でもあるんだけど……それはどうでもいいか。
そんな今の私に出来ることは無いに等しい。
しかし使用人と仲良くなるのにはこの地位は最適だ。理由なんてどうとでもなる。
例えば『使用人の仕事に興味がある』とか。
変人と見られるのは前世の頃から慣れっこなので、別に心配などはしていない。仲が深まれば自然とそんな目は向けられなくなってくるのだから心配は皆無だ。
そんなことを幼少の頃から行いながら、私は日々を過ごしていった。
なお貴族としての立ち振舞いこそ学ぶ機会があったが、王族が本来受けるような教育がないため、ある程度の自由が許されていたのも、そのように過ごしていた理由のひとつだ。
そして私が十三歳の時、私はこの世界のローズと初めて会った。
ローズ嬢は城の庭でマナーの練習をしていた。
使用人や家庭教師が見守る中、少し粗は目立つけれど子どもとしては上出来なくらいには上手な仕草だった。
「あっ──」
不意に、ローズ嬢がカップを落としてしまう。
芝生の上だったことが幸いし、カップが割れることこそ無かったが、それでも失敗は失敗。
偶々近くにいた私はカップを拾い上げ、魔法をかける──成功。綺麗になった。
「も、申し訳ありません! ノワール様」
「いいよ別に。これはやりたくてやったことだからね」
私は片手に持っていた書類を浮かせ、幼いローズ嬢の頭を撫でる。
──あー、そういえばこれ失態だな。反省。
初対面かつ、未婚もとい弟の婚約者である女性の髪を軽々と触ってしまったことに謝罪して、ちょっとしたアドバイスをする。
「もう少し落ち着いて。キミは基礎はできてるから後は着実に。無理はいけないよ?」
そして最後にお茶目な『コツ』を教えてあげた。
まあ本当は駄目なんだけどねぇ……と、側にいた教育係の使用人さんも少しだけヤレヤレといった感じで呟いていたが、まあ大丈夫でしょう。
■■■■
十一年ほど経った。
二十四歳になった私は、新人教師として母校で教鞭をとっていた。
ゲームの設定にはないのだが、一応学園は主席卒業をしてみたのだ。
魔法の点数が最悪だったが……事務作業に魔法は使わないのだからそもそも関係ないと捨てていたので問題ない。私には魔力があんまり無いしそもそも攻撃魔法は使えないし。だからこそ魔法系の教育は一年の時しか習ってない。
けれども他は優秀である。臨時講師として他学園に呼ばれる程度の指導力は持ってるし、学園で教鞭を取ることもあるので、乙女ゲームのストーリーがきちんと進行してることは知ってる……しかしこの世界、そんなに教員少なかったか? そこら辺は語られてないのか。まあいいが。
ローズ嬢の婚約破棄を阻止すると決めたからには周囲と結託して事を進める気でいるので、他校にも情報源があるというのは便利なモノだ。母校にはいないタイプの教員との話も、本当にタメになる。
ちなみに阻止には私自身も動いている。例えば私の担当教科では貴族のマナーやタブーを教えている。
あ、私は血統主義でも民主主義でもない。あくまで『上の地位の方には無礼のないように。下の地位の者には恥を見せるな』ということを一年かけて徹底的に教えるだけだが、とても重要だと私は思っている。
ちなみにアルコンスィエルには家庭教師として課外授業も行っている。近い将来、悪い女に騙されないための人を見る目を養わせるという名目で。優秀な兄の権限は結構強いのだ……とんちとか言うな。
ローズ嬢には……まあ特に干渉はしていない。
このゲームの一周目は皇太子ルート確定なのだ。二周目からが本番とも言える。
そしてこの世界では一周目しかないだろう。だから私の目的はアルコンスィエルの価値観の矯正と調律。そしてそこからローズ嬢との婚約破棄を阻止することにしたのだ。
まあローズ嬢は学園でも人気者ということだし、暗い噂も聞かない。よくお茶会を開いていることも知ってる。だから大丈夫──なんて楽観視をしていた自分を、今の私はとても恨んでいる。
■■■■
「ローズ・コレットとの婚約を破棄し、マロン・セローとの婚約を宣言する」
──どこのカードゲームの世界だ? ここは乙女ゲームだぞ?
いや現実だよ……それはさておきだ。
王位継承権こそないが、第一王子の責務として学園の卒業パーティーに出席していた私は、乙女ゲームの主人公の隣で馬鹿を言う弟を見て、一つ大きなため息を吐く。
「ノワール……」
「どこで教育を間違ってしまったのでしょうね……私の失態です」
「間違っておらんよ。儂らの責任じゃ」
喉から手が出るほど欲した自分たちの子どもを、陛下は溺愛していた。
今でも結構な親バk──こほん。溺愛っぷりだが、今回は少しおいたが過ぎた。
私の友も、弟の馬鹿な発言に「マジでやりやがった……」と頭を抱えている。
「……陛下。どうなさいます?」
「なあノワールよ。王位に興味は──」
「ありません。そもそも務まりません」
貴族としての最低限のマナーしか身に付けてませんからね? 王族のような振る舞いなんて出来ません。こちらとら中身はジャパニーズピーポーな庶民なんだから。
「儂らが動くか──静まれい!」
パーティー会場に陛下の声が響く。
姑息な言い争いが静まり、全員の視線が陛下や私のいる王族用の席へと向く。
「まずアルコンスィエルよ……先ほどの言葉は本当か?」
「は、はい! ローズは──「返事だけでよい」」
先ほど──ああ、ローズ嬢がいじめをしたとかどうとかという話だったか。
興味の欠片もないので聞いていなかった。
はぁ……嫌気がさす。
「では次にノワールよ……教師である貴様から見て、ローズ嬢はどのような生徒であった?」
「真面目な子でしたよ。交友関係も広く、何事にも熱心と聞いてもいました」
「そうか──他の者にも問う! ローズ嬢はアルコンスィエルの言うような者か! それともノワールの言うような者か!」
会場中にざわめきが生まれる。
少し耳を澄ますと──まあそりゃあね?
「──発言をお許しください。陛下」
喧騒の中、手を挙げたのはローズ嬢の兄にして僕と同い年の友人。
「コレットの長男か。発言を許す」
「はっ! 私の妹は、第一王子がおっしゃった通り極めて優秀な子でございます。贔屓目も多少はありますが、他教師がそのような噂をしていたことも、耳に届いております」
その言葉と共に、生徒達がざわつく。
しかし事実。ローズ嬢は幼い頃から王族として相応しい存在になるため頑張っていたのだ。
それにローズ嬢、休み時間も勉強していたと耳にすることもある。いじめをしている時間なんてあるのかな?
それにさ、そこまで頑張っているローズ嬢なんだから──それが報われないなんて嘘だろう?
確かに男尊女卑がある世界だ。アルコンスィエルがローズ嬢を煙たく思っていたことも事実。実際ローズ嬢は、彼や私の贔屓目がなくても優秀な生徒なのだから。
「そうか──ではアルコンスィエル。貴様の意見も聞こう」
「じ、事実です! アイツは教師に見えない所でマロンをいじめていたんだ!」
必死なアルコンスィエルの訴えを、聞くに堪えない様子の陛下は、ローズ嬢にも聞く。
「ローズ嬢。それは本当か?」
「いいえ。私はそのようなことは致しておりません」
落ち着いた言動で彼女は言う。
アルコンスィエルとは対照的。彼にも見習ってほしいくらいである。
陛下はマロン嬢にも聞く。公平性を期すために。
「マロン嬢はどうだね? ローズ嬢は、本当にそのようなことをしたのか?」
「は、はい!」
学園生がざわめきはじめる──まあ大体予想できてはいたがね。
そして一つの声──否。とある事実が囁かれ、瞬く間に会場中に広まっていく。
「……マロン嬢の演技、ですか」
「はぁ……馬鹿馬鹿しすぎて怒りも沸かん」
まあ何にせよ、王家が替わるのか……分家である侯爵家は私の家と後一つ。
あちらの家には私より年上の方がいた筈だ。
「はぁ、婚約の破棄は認めよう」
「本当ですか!」
陛下の言葉に、アルコンスィエルの表情が明るくなる。
おい親バカ。何言ってんだ。
「──そしてアルコンスィエルは王位継承権、公爵としての地位を剥奪する。故のローズ嬢との婚約の解消だ……すまぬなローズ嬢」
「いえ……」
ああ、そういうことか。アルコンスィエルも固まっている──がしかし、そうなるとローズ嬢は微妙に報われないな……ん? 陛下が笑っている。嫌な予感。
「次期国王継承権はリュンヌ家の長男に移すものとする。後日正式な書状を送ろう──さてローズ嬢。この責任は我ら王家にある。できる範囲であれば、どのような支援でも行おう」
……ん? 友人が何かを訴えている? 笑っているようだけど。しかしアイコンタクトで細かいことなどわかる筈もないのだが……何故だか悪寒がする。
「私は、ノワール様と婚姻を結びたく存じます」
───
瞬間、頭の中が真っ白になった。
というか何故? おい友人。肩が震えているそこの我が友人よ。何故に笑う?
というか陛下が許可出すわけ──
「ふむ。よかろう──」
いいのか!?
口には出さなかったが、これには驚きを隠せない……いや、口に出さなかった自分を褒めてあげたい。いや身分的には釣り合うし、推しだしありなんだけどさぁ……。
「──ノワールもよいか?」
陛下が問うてくる。
ちなみに私に婚約者という者はいない。というかいても色々困るということもあり、私のみならず陛下も、宰相達もそれを理解してか消極的だったというのがある。
ローズ嬢の視線が、どこか熱く感じる……まあ、うん。
「はい。大丈夫です」
彼女がどんな理由で私との婚姻を望んだのかはわからない。しかし生徒の、出来の悪い弟の尻拭いは長男であり教師でもあった私の役目である。
例え義理の兄弟であり、数年しか教えていなくても、ね。
■■■■
パーティー終了後、私はローズ嬢と共に応接間にいた。
陛下達は他にも用事があり、二人っきり。
「ローズ嬢。まずは私の弟の非礼をお許しください」
改めて私は頭を下げる。
土下座はさすがに引かれるとは思ったからしないけど……。
「いいんですノワール様。お顔を上げてください」
その言葉に従い顔を上げる。
先ほどからだが、ローズ嬢の笑顔がとても眩しい。
はて、彼女はここまで笑う子だっただろうか?
「
ローズ嬢は胸元で、左手で右手を包むように握る。
そして満面の笑みをこぼす。
「ノワール様。十一年前のあの日からずっと──お慕いしておりました」
頬を朱に染め少し躊躇うように、けれども言葉を紡いだその姿は、一人の貴族である前に、ローズ嬢が一人の恋する乙女であることを強く認識させた。
……というか、不意打ちすぎる。
「フフッ、ノワール様お顔が真っ赤」
「誰のせいだと……まったく」
そう嬉しそうに笑われると、怒ることもできない。
だから──私はあの日のように頭を撫でる。
艶のある
「──陛下。何が『そのままキスしろ』ですか。結婚もしていないのです。しませんよ」
ニヤニヤと私達のことを隠れ見ていた陛下と王妃、そして友人でありローズ嬢の兄であるグリとその両親が見守る中、私とローズ嬢の婚約を結んだ。正式な御披露目は来月の初頭にする……と、陛下が決断を下し、その日の内に宰相方にも伝わった。後日、宰相一同から大いに祝福された。何故に。
なあ友人よ。私は更に立ち位置が複雑になってないか? おい、ニヤニヤするな。
──婚約を結んだ後、ローズ嬢は王城に泊まることとなった。
幸いローズ嬢の部屋は用意されている。元とはいえ次代の王妃となる人だったからだ。
そんなローズ嬢の部屋が私の部屋に近いのだが……待て、何だその危機感を抱かせる妖艶な笑みは。
……貞操を狙われるとかない、よな?
乙女ゲームの悪役令嬢の兄に転生しました 束白心吏 @ShiYu050766
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