最終話 報われた恋とこれから

──あの後のことを簡潔に話そう。


 パーティーは難なく終わった。

 第二王子は平民になり、マロン・セロー嬢との婚約の話も白紙になった。

 あの時の第二王子の顔は傑作だった……忘れられそうにない。

 そしてローズは、念願の初恋を叶えた。


──ノワールとの婚約を結んだのだ。


 あの後、ローズが進言して、ノワールもそれに同意した。

 いやはや恐れ入った。さすが俺の妹って言いたいが……あれは愛が重たいタイプだ。死ぬなよノワール。特に女性関係には気をつけてな……。


「──さて、グリ・コレット殿。改めて謝罪したい。

 アルコンスィエルが本当に申し訳ないことをした。後少しで、君の家に泥を塗るところだった」

「顔を上げてください陛下。俺……当家は気にしていませんし、こちらも難題を言ってますから」


 陛下からの謝罪を受けたりもした。ただ、こっちもすごいことお願いしてるからなぁ……ご厚意に甘えすぎた感が否めない。


「なぁに。ノワールには婚約者なんぞおらんかったから丁度よい。来ていたお見合いの話を全て断っておったからなぁ」


 自慢の息子なんじゃが、もう少し自分の為に生きてもらいたい……陛下の言葉で、俺は普段意識していなかったが、ノワールが複雑な境遇に置かれているのを思い出した。

 ノワールはソレイユ家への養子。子を設けられなかったソレイユ家が分家から養子として迎えた子だ。

 分家で王族としての血も薄いため髪が翡翠色だが、王族を象徴する金眼であるし、勉学においては超がつくほど優秀。

 王家の者でなければ、あのまま教師として働いてもらいたいという声もあがっているくらいだ。

 雑談もそこそこに、俺は陛下と王妃と共に、二人の様子を見に行く。


「十一年前のあの日からずっと──お慕いしておりました」


 部屋を覗くと、ノワールがローズに上目遣いで迫られ、顔を真っ赤にしていた。

 これこれ、俺はこれが見たかったんだよ。普段クールで、どこか諦観しているアイツのああいう表情が。


「──陛下、何が『そのままキスしろ』ですか。結婚もしてないのです。しませんよ」


 いつもの調子に戻ったノワールは、ローズとの婚約を正式に結んだ。これで晴れて、ローズはノワールと結ばれたわけだ。

 ローズはノワールが書面に名前を書いている間、ずっとノワールにくっついていた。やっぱ重い子になるかぁ……まあ、それだけ待たせたノワールも悪いな。


■■■■


「よっ! 弟」

「……確かに義弟になるけど、まさか年下を兄と呼ぶ日がくるとはね」


 うるせ。数ヶ月しか違わないだろ。

 とはいえ、俺も本当にノワールと親族になれるとは思ってもみなかった。


「ところで、学院のほうはいいの? 授業中だと思うんだけど?」

「学院は授業より研究が多いの。俺は休憩中」


 俺はノワールの横を歩く。

 次の授業の準備で忙しいはずのノワールは、嫌な顔ひとつせずに会話してくれる。

 ……俺も妹も、ノワールに『貰いすぎ』かもな。


「じゃあ、ちょっと手伝ってくれない? テーブルマナーの授業は用意するものが多いんだ」

「おう」


 まだ教師として数年なのに、ノワールはその姿が板についている。

 学園でも人気があるらしい。まあ手を出す輩はいないのだが。


「はぁ……マナーなんて使わないだろ」

「案外使うよ? グリはもう少しパーティーに出たほうがいい」

「嫌だよ……」


 俺には絢爛豪華な衣装も、礼儀正しいのも無理だ。

 てかノワールも最低限しかパーティーには出席してないだろ……。

 テーブルクロスを敷く。

 この授業がホント面倒だった。もともと履修してて知ってることばかりで退屈だったってのもあるけど、先生が厳しかった。


「──さて、ありがとうグリ。お茶を淹れるよ」


 俺は教室から繋がっている準備室にお邪魔する。

 調度品が綺麗に並べられており、埃ひとつなさそうな部屋だから、どこかかたい雰囲気があるのはずなのに、ノワールのいる準備室は、そんな雰囲気がない。


「まあゆっくりしてってよ。話したいこともあるんでしょ?」

「……バレてたか?」

「君、何か話がないと来ないでしょ?」


 まあ確かに。だから俺、わかりやすいって言われるんだろうなぁ……。

 お茶を一口飲み、俺は『贈り物』を机に置く。


「これは……っ!」


 包みを開けたノワールは大層驚いている。

 そりゃあそうだ。ノワールにあげたのは──


「『黒曜石の指輪オブシディアン・リング』……なぜグリがこれを」


 こうやって驚いた顔を見れただけで、これを見つけ出した甲斐があるってものだ。


「はは、偶然だよ」


 嘘だ。俺はあの日、ノワールが『黒曜石の指輪』と呟いたあの日から、俺は使えるもの全てを使って調べたのだ。


──伝説の『黒曜石の指輪』について。


 大変だった。だが俺はやり遂げたのだ。


「──そうか」

「……?」


 明らかに、ノワールの纏う雰囲気が変わった。

 突如として、何の脈略もなく。


「じゃあ、嵌めてもいいかい?」

「え? いや、その指輪は──」


 俺はその指輪の『伝説』をノワールに教える。その指輪に魅入られた者達の末路を。

 その末路を聞いた上で、ノワールは微笑む。


「言葉って面白いよね」

「……急にどうしたんだ?」

「──『ノワール』に『黒曜石オブシディアン』っていうのはの運営が好きな言葉遊びのようなものなんだよ。私が『ノワール』故に、何者にも染まらない………『黒曜石の指輪オブシディアン・リング』持つ『裂傷の呪い』の影響を、私は受けないんだ」


 ……そうなの、か。

 俺は驚いた。ノワールの博識さにもだが、それ以上に──


……だって?」

「……」

「まさかノワールも……転生者なのか?」


 俺の問い掛けに、ノワールはただ首肯する。

 笑顔で。何食わぬ顔をして。


「私だけ知られるってのはフェアじゃないと思うけど……グリも転生者なんじゃないの?」

「……いつからそう思ってたんだ?」


 思い当たる節はない。そもそもゲームとしての『グリ』を知らないから当たり前だ。故にだろうか……。


「いや、君は確かに『グリ』だった。けれどね……ローズの卒業パーティーの時、君が陛下に意見をおっしゃった時、あれが決め手だよ。あとはさっきの会話かな?」

「……ははっ、ノワールには敵いそうにないな」

「褒め言葉として受け取っておくよ──さて、そろそろ休憩も終わりなんじゃない?」

「……ああ」


 ノワールは迷うことなく右手人差し指に『黒曜石の指輪』を嵌める。


「ありがとうグリ。お陰で随分楽が出来たよ」

「おう」


 俺はノワールと別れてお隣にある学院に帰る。

 ──研究なんて性に合わないと思っていたが、案外楽しくて、とても充実している。

 これもノワールのお陰だ。アイツの『黒曜石の指輪』という呟きから、これもはじまったのだから。


「こりゃあ、あげた筈なのに貰いすぎたか?」


 改めて、ノワールには敵わないと思った。

 けどああいう所に、ローズは惚れたんだろうな。

 何てことない初夏の日のこと。俺はそんなことを思いながら、学院の研究室に戻っていった。

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