第3話 嘘と策略と似た者兄妹

 ノワールと出会ってから、もう少しで十年になる。

 俺の妹。ローズが片想いを初めてからは十年以上。未だにその想いは変わらないようだ。それは長年妹の恋路を応援してきた兄冥利に尽きる出来事であり、さらに最近はローズの方からノワールのことを話題にするようにもなった。

 これにはきちんとした理由がある。ノワールが学園の教師になったからだ。

 きちんと正規の試験を受けて、正式な教師として、俺達の母校で教鞭を振るうというのだ。

 誠に残念だが、俺達の母校には授業参観がない。貴族である俺達は無論、平民とて忙しいから来れる人が少ないのだ。あるのなら、是非ともノワールの教師姿を拝みたかった。


「──お兄様? 聞いておりますか?」

「ああ、聞いてるよ。ノワールの授業風景だろ? いやぁ、昔から教えるの上手かったからなぁ」


 ちなみにこれガチ。俺は勉強せずともそこそこの点数はとれていたが、二学年の後半からノワールと共に勉強すると、すごい勢いで成績というかテストの点数が上がった。

 まあ主席ことノワールには勝てなかったが、教えを乞う価値は十二分にあった。


「だったらいいのですが……」


 不満げながらも、再びノワールの話を初めて嬉々とするローズ。

 今年度の入学式以降、恋人でもないのにこの惚気具合を披露されると、婚約者が誰だったかわからなくなる……てかこれ、ノワールと付き合いだしたらヤバいんじゃね?


「──ところで、明日は卒業パーティーがあるけど……」

「あぁ……そうですね」


 先ほどまでとは一転。暗い雰囲気になるローズ。

 全く……学園でローズに憧れる奴らに見せてやりたい光景だ。あとノワールにも個人的に見せたい。

 憂鬱そうな表情の背景には、明日のパーティーをエスコートしてくれる相手がいないことがある。本来なら婚約者である『第二王子』アルコンスィエル様がエスコートするのだが……男爵家の令嬢にご執心らしく、ローズのことは頭の片隅にもないのだろう──


──まあ、それ故に明日、ローズが婚約破棄されるのだが。


 俺とて転生者だ。少しだけ、うろ覚えながらそういう内容は知っている。

 だからこそ、明日ローズは婚約破棄されると知っている。それを期にノワールに妹を嫁にどうかと勧めるつもりなのだが……果たしてあのワーカーホリックが応じるかねぇ……。


■■■■


「ローズ・コレットとの婚約を破棄し、マロン・セローとの婚約を宣言する」


 ……マジか。原作の台詞を一語一句違えることなく言ったぞあのバカ王子──じゃない第二王子様。

 卒業パーティー当日。俺は保護者兼ローズのエスコート係としてパーティーに訪れていた。ただ皆、俺がローズをエスコートすることをさも当然のような受け入れてるの解せないなぁ……まあシスコン認知されてる理由は知ってますけど。

 それはともかく、俺はノワールのいる来賓席を見上げる。ノワールは教師ではなく、王族としてパーティーに出ていた。

 ちなみにノワールのようにパーティーに出ている教師は他にもいるので、別に珍しいことじゃない。

 申し訳なさそうなノワールに、同じく申し訳なさそうな陛下。ひそひそとした喧騒は、陛下の一言で静まった。


「静まれい!」


 パーティー会場に陛下の声が響き渡る。

 威厳と迫力のある声は、喧騒をぱたりと止めてしまった。


「まずアルコンスィエルよ……先ほどの言葉は本当か?」


 陛下は第二王子に問う。

 先ほどの……ローズがセロー嬢をいじめているという根も葉もない世迷い言か。

 そんな時間、学園に入学してからもなかったのだが……あの第二王子、もう少しマシな嘘をつけないのだろうか。

 そもそもローズは幼い頃から王族に嫁ぐに相応しくあるための王妃教育を受けてきていた。礼儀作法はもちろん、どこかのお節介王子が助言して文学、権謀術数等々……ノワールはローズをどうしたいんだ (困惑)。

 とにかく、そういった教育は今でも続いているのだ。いじめをしている時間なんてあるわけがない。

 陛下は第二王子に聞いた後、ノワールにも話をふる。


「真面目な子ですよ。交流関係も広く、何事にも熱心に取り組んでいるとも聞いています」


 ノワールは第二王子の言動に呆れを隠す素振りもなく言う。

 陛下は俺達に向き直る。


「他の者にも問う! ローズ嬢はアルコンスィエルの言うような者か! それともノワールが言うような者か!」


 会場内がざわめきに包まれる。囁かれるのはローズの噂など。全体的にいい噂……ノワールと同意見の者が多いようだ。


「発言をお許しください。陛下」


 俺は手を挙げ、良く通る声で言葉を紡ぐ。

 緊張している自覚はある。心臓の音が響いているんじゃないかと錯覚してしまうくらいだ。そんな緊張を妹への親愛の情でねじ伏せ、堂々とする。


「コレットの長男か。発言を許す」


 陛下は俺を一瞥して許可を出す。


「はっ! 私の妹は、第一王子がおっしゃった通り極めて優秀な子でございます。贔屓目も多少はありますが、他教師がそのような噂をしていたことも、耳に届いております」


 周囲がざわめく。

 事実、ローズは優秀だ。幼い頃から王妃になるための教育を熱心に受け、それを身に付けてきたのはその証とも言える。学園でも王族に嫁ぐ身であると、他生徒の見本であり続けたのだから。

 そんながんばり屋のローズがいじめだと? 冗談はほどほどにしてくれよ。

 ざわめきもローズを肯定する声が多い。第二王子、そしてセロー嬢が嘘をついているという言葉まで交わされている。


「そうか──ではアルコンスィエル。貴様の意見も聞こう」

「じ、事実です! アイツは教師に見えない所でマロンをいじめていたんだ!」


 必死なアルコンスィエルの訴えを、聞くに堪えない様子の陛下は、ローズ嬢にも聞く。


「ローズ嬢。それは本当か?」

「いいえ。私はそのようなことは致しておりません」


 そりゃそうだ。落ち着いた様子のローズに疑問を抱きながらも、俺はローズの言葉を内心で肯定する。あの落ち着き、俺でも見習いたいわ。


「マロン嬢はどうだね? ローズ嬢は、本当にそのようなことをしたのか?」

「は、はい!」


 公平性を期すための質問にセロー嬢が答えたことで、ざわめきは一層大きくなった。

 その一部のざわめきが王家の席にまで届いたのか、ノワールや陛下。王妃までも呆れた様子を隠す気がないようだ。


「──はぁ、婚約の破棄は認めよう」

「本当ですか!?」


 ──は? あの親バカ陛下、遂に壊れたか?

 そんな失礼な思考をよそに、陛下は言葉を続ける。


「──そしてアルコンスィエルは王位継承権、公爵としての地位を剥奪する。故のローズ嬢との婚約の解消だ……すまぬなローズ嬢」

「いえ……」


 あ、そういうことか。

 第二王子の方を見ると、先ほどまでの明るい表情は何処かへと消え、ただ茫然としている。

 まあ、些細ながらも色々な悪事に手を出してたみたいな噂もあるし妥当なとこか? いやまあ何か色々裏があるんだろうから詳しくは知らないけれども。


 ──それより、ローズが嗤ってるんだよな。あの笑みは悪巧みするときの笑みなんだが……ああ、そうかそうか。


 俺はノワールに視線を送る。

 疑問符を浮かべるノワールに、俺はアイツの驚く顔を想像して、思わず笑みを浮かべた。

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