第2話 第一王子と将来の前日譚
本の独特なにおいがツンと鼻につく。
遥か昔からある『大図書館』の一角。俺の友人であり、ちょうど探していた青年。ノワールは黙々と読書をしていた。
「ノワール。授業始まってるぞ」
「──やあグリ。もうそんな時間なのかい?」
──ローズが片想いを始めて早二年。
俺は国内最高峰の学舎という謳い文句で有名な中央学園で、ローズの初恋の相手、ノワール・ソレイユ第一王子と友人となっていた。
ノワールは静かに本を閉じて、出口にいる俺に「お待たせ」と、気兼ねなく言う。
「ったく………授業サボるのは体面的にヤバいんじゃないか? 第一王子様」
「私の評価は王族には向かないさ。それに──」
図書棟の横にある魔術棟に入ると、クラスメイト達が魔術を放っている。派手だ。
「──私は魔術が使えないからね。出る必要もそこまでないんだよ」
などとノワールはどこか諦めた様子で言う。
ゲーム内でのノワールの性格は………駄目だ。続編の追加攻略対象であることしか思い出せない。あとは『エンドコンテンツ』という俗称のみ。意味わからん。
ただノワールに魔術が使えないのは確かだ。より正確に言えば『魔術と呼べるモノ』が使えないだけで、魔術の発動自体はできるのだが。
「サボってる俺が言うのもあれだけどさ……やってみれば?」
「………………」
「おーい?」
「………」
反応がない。ただの屍のようだ──ではなく。いつになく真剣な表情で魔術の飛び交う魔術棟を見ているノワール。
「・・- ・-・・ ・・ ・-・--」
「………は?」
聞き取れない魔術言語………か? ノワールは弱く呟く程度の声で言葉を紡いでいく。言葉なのかもわからないが。
「・・-・・ ・-・-・ ・-・-- ・・ -・--」
ノワールが前方に伸ばした手のひらの先に黒い『孔』が空いた。
その空間を抉ったかのように真っ黒な、小さいのに存在感が半端ない。そんな『孔』をノワールは開けたのだ。
「──まあ、こんなものか」
ノワールは突然『孔』を閉じる。
冷や汗が止まらない。きっこ心の奥底。無意識的に、あれを『恐怖』したからだろう。心臓の脈動がうるさいほどに聞こえる。
「黒曜石の指輪もないから、まあこれくらいが限界か」
ぼそりと呟かれた言葉だが、それはしっかりと俺の耳に届いた。
■■■■
「──弟の教育?」
「うん」
ノワールと友好関係を深めて一年と少しの月日が経った。
出会った当初こそローズの恋人に見合う男か判別するためだったのに、いつのまにか俺もノワールと接する時間を心地よく感じるようになっていた。
まあその話をするとローズが睨むのでしないが……ノワールになら、妹を任せてもいいと思ってたりしてる。
「ノワールの弟って『第二王子』だろ?」
「うん。他に弟はいないね」
ノワールは文章から目を離さずに続ける。
「この調子でいけばアルは国王陛下としての地位に入るだろうね。私も宰相として補佐はするけど……愚王として歴史に名を残すかもしれない」
「あー、親の寵愛を一身に受けてたからな……」
「苦労という苦労をしたことがないからね。後学のためにもとは思っているんだけど……」
そう言うノワールはどこか楽しそうで、けれど真剣な表情で。今ではなく未来の『自分』を見ていることに、俺は置いてきぼりになったような感覚に陥った。
「まあ、まずは教師になれないと始まらないよね」
そう言ってくすりと笑うノワール。
普通なら、ノワールくらい位が高いなら、学園を卒業したら王城に仕えることだってできる。本来ならそれが普通だ。
けれどノワールは、三十歳までは教師をやると、国王陛下とも約束してしまっている。
俺も聞いた時は驚いた。けれどそのお陰でノワールと妹に接点が出来るのだ。
これは応援しないわけにはいかないと、俺は影ながらノワールを応援することにした。
──まさかノワールが予想以上のスピードで教師の資格を得るとは、この時の俺はまだ知るよしもない。
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