乙女ゲームの悪役令嬢の兄に転生しました

束白心吏

第1話 可愛い妹の初恋の前日譚

──それは何てことない春の日のことだった。


 暖かく心地よい日射しに目を細め、庭の隅に寝転がり、貴族らしからぬ平穏な日常を満喫していた俺は、妹が帰ってきたことを知らせる鐘で目が覚めた。

 いつも通り、俺は伸びをして服についた土や草を適度に払って、妹の元へ向かう。

 玄関では妹が親父と話している。妹と話している時ほど穏やかな親父の顔を俺は見たことがない。まあ権力に取り憑かれた親父のことだ。自分の娘がこの国の第二王子の婚約者だから手塩にかけて育てている風を装っているだけなのだろうと、そう考えるどこか冷めている自分がいることに苦笑した。


「お兄様」

「やあローズお帰りなさい。今日はどうだった?」


 ローズは俺を見つけると、自然と親父との会話を終わらせ、腰まで伸びている淡藤色ラベンダーの綺麗な髪をなびかせて俺の元にやってくる。

 三歳の時からずっと王妃としての教育を受けているローズだが、息抜きというのは確実に必要だ。きっとゲームの時はそれがなかったから悪役令嬢になっていたのだろう……詳しくは知らないが。


「今日は王子様に会いました」

「王子……というと、ローズの婚約者の?」


 そう聞くと、ふるふると首を横にふる。

 となると、噂に聞く『第一王子』だろうか……それを口にする前に、ローズが口を開く。


「違うのです。物語にでてくるような……本物の王子様です」


 いやローズの婚約者も本物の王子だぞ。などという野暮なことは言うことではないが、思うだけなら許されよう。それにあのローズが恋する乙女のような表情をしているのだ。本当に、本物の王子様とやらに出会ったのだろう。


──その日からローズはその『王子様』について語るようになった。


 どうやらその『王子様』は翡翠色の髪に金色の瞳をしており神出鬼没、けれど使用人からの評判はいいという何とも不思議な奴らしい。

 俺も個人的に調べたが、ローズの言う『王子様』は『第一王子』で間違いないだろう。

 ソレイユ家の分家からの養子であるノワール・ソレイユ第一王子は王位継承権を持たないが、学問における成績は優秀で、使用人達からの評判もいい。ローズの話と一致している。


 そんな第一王子に、ローズは恋をしたようだ。


 言うまでもなく、俺はローズを溺愛している。ノワール第一王子への恋も、実って欲しいと思う気持ちとてある。第一王子への嫉妬? 別にない。

 しかしこの恋は叶わない。そうわかっているが、俺はローズを応援することにしたのだ。

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