第五話

 あれから月日は巡って、私はこの春に高校三年生になる。


 ドラマや映画で良く使われる、所謂いわゆる「――×年後」というヤツだね。こういうのはあんまり好きじゃないけど。


 でも、それは仕方ないんだよ。


 本気で特筆する出来事がなかったんだから。


 私は相も変わらず電車通学しているし、なんの変哲もない高校生活を送っている――ああ、変わったことはあったよ。


 私、あることが切っ掛けで帰宅問題が解消して、二年生の夏休みに入る前からバスケ部に入部したんだ。

 元々基礎体力はあったし、小学生のときからバスケットボールでドリブルして遊んでたから、ボールハンドリングには自信があったんだよね。

 それに、例の「列車事件(?)」の後にちょくちょく助っ人頼まれて練習試合とかに駆り出されちゃってて、挙句なんかウィンターカップ前に怪我人が出たからーってベンチメンバーに懇願されたりしてさ。


 というか、ウチの高校ってウィンターカップに出場出来るくらい実力あったんだって、初めて知ったよ。そりゃ有望な生徒がいたら熱心に誘う筈だ。

 思えば入学して間もなかったときに体育の授業中にやったバスケで、一年生からエースしてて調子に乗ってた子が他の子に意地悪してたから、十本勝負の1on1で一本も決めさせずにボロボロにしてやってから、顧問に目を付けられてたんだよね。

 ちなみに全部ワザとコーナースリーでした。うん、性格悪いって自覚してる。だけどその子とは、今では大切な相棒さ。

 私が一番ポイント・ガードでその子が三番スモール・フォワード四番バワー・フォワードで、二年のウィンターカップでコンビ組んで暴れ回ったよ。

 私のミスでベスト8止まりだったけど、初めての快挙だーって監督とか顧問とかOGとか、あと何故かOBが泣いてた。

 私としては自分のミスで負けちゃったから、良くやったーとかドンマイとか言われても、悔しいものは悔しい。


 だけどね、最後の最後にリングに座っちゃう視えない人って、どうなの?


 おかげでスリー外しちゃったよ。そして試合観ながら視てた弟くんがキレて、誰にも視えない極太の光出しちゃって蒸発させてた。


 まぁ私のことはこれくらいにして。


 お姉ちゃんはアレから何度も同じことを繰り返す教師連中に遂にキレて、試験の答案を全て記名すらせず白紙で提出するという暴挙に出た。

 おかげで順位は首席から最下位まで転落したけど、あまりの事態にどういうことだと校長が事情を訊いて、それら全ての情報を整理した上で、一度注意したにもかかわらず同じことを繰り返すとは~とか言って校長までブチ切れちゃったんだ。


 次の年、それらの教師は高校にいなかったよ……。なにが起きたんだろうねー、サスペンスだなー(棒)


 まぁお姉ちゃんだって、只白紙で提出したんじゃないよ。

 裏面に試験問題ならこういうのを出すべきだっていうのをびっしり書いて、その教師達を絶句させてた。校長は何故かドヤってたけど。


 そして今お姉ちゃんは、某国立大学の学園都市に、学生寮というていのアパートで一人暮らしをしている。

 学費は最初は出して貰ってたんだけど、高三の冬に受験勉強の合間にストレス解消でなんとなく書いて、締め切り間近でなんとなく気が向いて、そしてなんとなく応募した中二病丸出しのラノベが、うっかり大賞を獲っちゃって、今では売れっ子作家になっちゃってる。

 本人は――自分が読みたいから書いただけなんだけど。どいつもこいつも中二病でウケる~――とか、絶対そう思っていないだろうってくらい抑揚のないトーンで、しかも死んだ目で言ってた。うん、言ってるお姉ちゃんが一番それだからね。


 それからお父さんとお母さんには、無事に元気な男の子が生まれて、そりゃあもうメロメロだ。

 まぁそうなってるのは私もお姉ちゃんも、お爺ちゃんお婆ちゃんもなんだけどね。弟くんは、まぁいつも通り。

 というか自分以外の家族全員がそうなっているから、若干乗り遅れちゃった弟くんはそのテンションに付いて行けなかったみたい。


 そしてお約束の、お母さんと買い物に出掛けて私が赤ちゃんを抱っこしていると、お母さんの知り合いって人が必ず決まって言うんだよ、お孫さんですか――って。

 で、言われて私が否定する前にお母さんは、そうねー、早く孫を見たいわ~とか凄く良い笑顔で言っちゃって、言外に「察しろ」とするまでセットになっちゃってる。


 お爺ちゃんとお婆ちゃんも相変わらずで、お爺ちゃんは八〇歳過ぎてるのに犬を連れて山歩きをして、この前なんかカモシカに犬が襲われたからってその足を払って崖下へ叩き落としたって言ってた。

 特別指定天然記念物相手にナニしてんだろうって思うけど、だけどお爺ちゃんから言わせれば、人に害をなすヤツはカモシカだろうが奈良のシカだろうが容赦しない――だって。その意見には、私も賛成だけどね。


 あ、それからその犬は、お父さんが山から拾って来た、血統書付きの野良犬です。お野良に血統書そんなもんないけどね。


 お婆ちゃんは、体力が落ちて一日20キロメートルのも辛くなって来たって言ってて……うん、それ若い子でも辛いから! って突っ込んでおいた。

 そして、あくまでも、誰がなんと言おうと、お萩はぼた餅だそうだ。


 で、弟くんなんだけど、無事に私立高校の特進科の特待生になった。入学金も授業料も全部免除だって。

 そりゃあ入試で全教科満点だったら、文句の付けようがなくそうなるよね。


 あとね、前にも言ったけど、其処の制服が凄くお洒落で格好良いんだよ。そして弟くんにメッチャ似合う。

 本人はそれはどうでも良いみたいなんだけど、誉めると照れ臭そうに、ちょっと嬉しそうにしているよ。家族以外に同じこと言われても、ノーリアクションなんだけどね。


 あとは、そうだなー、自宅が遠いって理由で、弟くんはバイクの免許を取った。然も原付じゃない、ちゃんとした中型バイクの免許。

 今では、色々授業料が浮いたから――って買って貰った新車の400CCビッグスクーター乗って、毎日駅経由で通学してる。

 本来そんな大きなバイクはダメなんだけど、それ以下だと自宅の周りは逆に危ないし、なにより距離が距離だからってほぼ無理矢理納得させたらしいよ。まぁ、本当の理由は別なんだけどさ。


 余談なんだけど、実はこのビッグスクーター、二台目なんだ。

 一台目は、これで登校したら周りの生徒――主に上級生なんだけど、とにかく目立っちゃって、案の定「調子に乗ってる」って思われたらしくて、色々悪戯されちゃったんだ。

 だけど不思議なことに、それをしている最中に偶々たまたま学生指導の、見た目だけ「ヤ」が付く自由業者みたいなヤバイ容姿だけど涙脆くて優しい柔道部顧問の教師が目撃したり、何故か通り掛かった空手有段者で全国大会準優勝の実績持ちな風紀委員長が現場に居合わせたり、更には正義感がやたらと強くてガチムチなウェイトリフティング部のエースと、体重が140キログラムはある相撲部員のペアに見つかったりして、それをした生徒は内申書が酷いことになったらしい。

 だけどそれで終わらなくて、やっぱりというかなんというか、逆恨みされてそのビッグスクーター、廃車にされたちゃったんだよね。


 その後なんだけど、偶々その駐輪場に防犯カメラを付けた後だったから大事になっちゃって、だけど弟くんは、即日にでも退学になりそうなその生徒へ、そんなことはしなくて良いって言って処分を取り消すように言ったんだ。


 意外な反応に教師とかその生徒の両親が驚いていると、凄ーく悪い笑みを浮かべて、警察に通報した上で正式に告訴するって、更に凄く冷たい表情かおで言ったらしい。

 然も既に通報済みで、学校に連絡すると有耶無耶にされるからって口止めの根回し済みだったそうな。もう訴状が出来上がってたみたいだったし。

 流石のお母さんもそれにはビックリして、帰って来てから「弟くんサイコー! サスガお父さんの息子!」とか悶絶しながら惚気てた。

 そのさまを見ていた私の視線は、きっと底冷えしていたに違いない。お母さんのお父さんに対しての熱量の前には無力だったっぽいけど。

 また兄弟が増えたらどうしよう。いや良いコトなんだけど、私が生んだって言われるお約束があるから……ねぇ?


 お母さんの惚気話はともかく、そんなの認められないって向こうの両親が大慌てで、訴状を取り消せって言ったそうなんだ。

 その生徒の爺ちゃんって人が地元の名士で、ついでに代議士してるって、学校もどうなっても知らないって半ば脅しみたいに言ったんだって。

 教師は青い顔してたみたいだけど、そんな程度で動じないウチの両親。

 お母さんが例のエロい市長に連絡して、お父さんがなんか聞いたことのない言葉――多分ロシア語だろうけど――で何処かに連絡して、挙句、何故か警察庁長官まで首を突っ込んで来て大騒ぎになったよ。


 なんでそんな人と知り合いなのか訊いたら、お爺ちゃんが早速その長官さんに連絡して説明してくれた。

 その長官さんが言うには、お爺ちゃんは自分の恩人だって、スマホのフェイスタイム越しに良い顔でサムズアップしてた。

 その人は、高校一年生の夏にした自宅バーベキューに来てたお爺ちゃんの悪友で、覗き好きな人だったんだ。そんな偉い人だったんだ、覗きが好きな危ない人なのに……。

 それにしても、えーと、公務員、公務員――ねぇ……。何故だろう、なんか認めたくない。


 とにかく、そんな騒ぎになっちゃったもんだから、当然その名士って爺ちゃんは沈黙して、知らぬ存ぜぬを繰り返してた。


 最終的には訴状取り消ししたんだけど、その後その名士の爺ちゃんが新品でホワイトカラーのビッグスクーターと、ちょっと桁を間違っていない? ってくらいの現金持参でウチに来て、平謝りしたんだ。


 ビッグスクーターは受け取るけど、そんなお金は身の丈に合わないって弟くんが言って断ったけど、それだと気が済まないの一点張りで、結局は私が大学へ進学したときの学費を出すってことで落ち着いた。


 …………なんて?


 そう思うよね、自分じゃなくてなんで私?


 そしたら弟くん、自分は大学でも特待生取るつもりだから要らないけど、私は必要だろうから、だって。


 あーそうですか、そりゃそうだよね。私ってお姉ちゃんとか弟くんとかと違って凡才だもんね。


 そう言っていじけてると、大切な人になにかをしたいってのは当然じゃないか――とか真面目に言うんだよ!

 ちょっとどういうコト!? ビッグスクーターにした理由といい、例の「列車事件」のときといい、そんなこと言われたらお姉さん勘違いしちゃうよ! 何処までお姉さん大好きっ子なの弟くんは! だから、みんなして生温く見ないでよ!


 まぁそんな恥ずかしいことがあったんだけど、実はそれだけでは終わらなかったんだ。


 その後で……何故かまたしても自宅バーベキューが始まっちゃった。

 更に、何処で聞きつけたんだってくらい素早く覗き好きな人が、見たことも聞いたこともないお肉を持って来たり、エロい市長さんがなんだコレ? ってくらい美味しい果物盛り合わせを持参して、何故か対抗意識に駆られた名士の爺ちゃんが、やっぱり見たこともないお酒を持って来させた。

 でも残念ながら我が家でお酒を飲む人はいなかったので、そのお酒は覗き好きな長官さんとエロい市長さん、お金を包んで来た名士の三爺ちゃんで呑んでたよ。

 あ、何故かアスターくんもペロペロ舐めてたんだけど……て! なんでアスターくんに呑ませてんの? どうにかなったらどうするの!?

 そう思って「ムキー!」ってなってたんだけど、結構舐めてたのにアスターくん、全然平気だった。三匹のジジィ(お母さん命名)は潰れて寝ちゃってたのに。


 そして翌日、それぞれ迎えに来た部下とか秘書とか身内とかに、引き摺られるように帰って行った。帰りたくないって子供みたいに駄々捏ねてたけど。


 そしてコレはオチなんだけど、お姉ちゃんは物理的に帰って来れなくて、後から話しを聞いて物凄く悔しがってたそうな。

 で、あんまりそうしてたもんだから、ちょっと可哀想って思っちゃった覗き好き長官が、個人的に焼肉を奢ってくれたんだって。然も本人の送り迎えで。

 色々誤解されても知らないからね、お姉ちゃん――え? パパってことにした? 交際申し込み避けに丁度良い?

 えーと、お姉ちゃんが言ってるパパって、お父さんって意味のじゃないよね? 所謂いわゆるって意味だよね?

 ホントにそれで良いの? お父さんもその方が安心するから良い――ああそうですか。まぁ仮にも警察庁長官だからねー。

 それよりも、秘書の仕事をパートでちょっとやったら本気で勧誘されて困った? 何処まで優秀なのこのお姉ちゃんは!


 ……弟くん絡みの話しとかが長くなっちゃったな。


 えーと、あとはなんかあったっけ?


 あ、そうだ、それから大切なことがあった。


 私、苗字を実の両親のに変えたんだ。


 その名字は凄く珍しくて、このままだと多分もう居なくなっちゃうと思ったんだ。

 此処まで育ててくれたお父さんとお母さんには悪いと思ったけど、お婆ちゃんから色々と事情を聞いて、悩んだ末に決めた。

 お父さんとお母さんにそのことを打ち明けると、お父さんが「ああ、いんじゃね?」って即答した。うん、そうなるって知ってた。

 基本的にお父さんは、自分で考えて出した答えに反対しない。


 自分の人生は自分のものだし、その答えが正解か間違いかなんて、やってみないと判らないから――って、なんでかお爺ちゃんとお婆ちゃんを半眼で睨め上げながら言った。

 お爺ちゃんとお婆ちゃん、全力で素知らぬ顔をして「えー天気じゃのう婆さんや」「そうですねぇ爺さん」って言いながらお茶を飲む。因みにその日は土砂降りだった。


 ……絶対なにかあったな。訊いても教えてくれなさそうだから訊かないけど。


 そんばことがあって、今の私の戸籍は一人だけになっている。まぁ行く行くは旦那さん貰って増えて行けば良いなーとか思ってるんだ。


 実は、それの伝手はあるんだけど……それはまた後で。だって恥ずかしいでしょ!



 ――*――*――*――*――*――*――



 駅前にある染井吉野ソメイヨシノが咲き乱れて、だけどもうじき散り始める頃、私は駅のホームに来ていた。


 今は春休みで、そして昼前だから利用客は殆どいない。更に言うと、視えない人達も殆どいなかった。

 まぁ自転車置き場のお兄さんとか自動改札から生えている切符切りのおじいさんとか、天井のおばあさんとか、ミニスカートのお姉さんとか、そして階段をエスカレーター方式に登り降りする母子とかは、当たり前にいるけど。


 そして――あの「其処にいるだけの人」も。


 あのとき、私を助けてくれた。


 その人が私を止めてくれなかったら、ううん、列車にいる人達に掴まれたときに、たった一度だけだけど其処から引っ張り出してくれなかったら、きっとお姉ちゃんは間に合わなくて、私は此処にいなかった。


 あのときは、どうしてそうしてくれたんだろうって思ったけど、お婆ちゃんの話を聞いて、やっと判ったよ。


 その人は、やっぱり其処にいる。


 なにもせずに、なにをするわけでもなく、只其処にいる。


 何処を見るわけでもなく、其処にいるだけ。


 ――でも――


 以前に比べると、その存在は希薄になっている。


 きっとちょっと視えるだけの人ならば、気付かずに見落としてしまうだろう。


 それほど、その人は薄くなっている。


 きっとあのとき、無理に力を使ったんだろう。


 そういう人達は――そのようにすること自体が、その存在を削っちゃうのに。


 ホームに電車が入り、僅かな乗客を乗せて走り去る。


 でも私は、ホームに残った。


 そして、その其処にいる人の横に並ぶ。


 そうしても、その人はなにも言わないし、その行動を変えることはない。


 その人は、一体いつから其処にいるのだろう。


 ううん、其処じゃない、其処だけにいるんじゃない。私の、私が生活する場所で、には、必ずいた。


 私が鞄から、5センチメートル角の小さな箱とポリ袋のパウチを取り出す。

 そして箱から香炉を取り出し、パウチに入っている抹香をその香炉へ入れる。


 えーと……あ、火を忘れた。


 自分の詰めの甘さに溜息を吐き、でもその横から弟くんが点火棒(チャッ◯マン)を出して火を点ける。

 周囲に香木の匂いが立ち込め、私は目線で弟くんに礼をした。


 素知らぬ顔でそれを仕舞い、そうするのが当たり前とばかりに私の後ろに立つ弟くん。

 その気遣いが、とてもありがたい。というか、一応年下なんだよね? 容姿もそんな気遣いが出来るところも、全然そう見えないんだよなー。


 まぁそれは良いとして。


 その香炉をその人の足元に置き、立ち上がって真っ直ぐに見た。でもその人は、やっぱりなにをするでもなく、其処に佇んでいる。


 うん、そうだよね。、それだけしか出来ないんだよね。


 ――ありがとう。


 呟くようにそう言って、私は深く頭を下げた。


 ――ずっと、そうやっていたんだよね。


 誰にも理解されないで、


 誰からも認識されないで、


 そして誰よりも其処にいることを望んだ。


 ――いままで、ありがとう。


 ――ずっと、守っていてくれて、本当にありがとう。



 ――お父さん――



 私の本当の両親について、お婆ちゃんが教えてくれた。


 お婆ちゃんの遠い縁戚ということは、まぁそういうことだ。

 私の実のお母さん、どうやら格好だけとか自称とかではなく、本物の巫女さんだったらしい。

 そしてお父さんも、そっち関係の仕事をしていたんだって。


 でもなにがあって、お父さんとお母さんが他界したのかは、お婆ちゃんでも判らないそうだ。


 今更それを知ってもどうしようもないし、それでどうこうするつもりもない。


 そもそも、出来るわけないでしょ。手掛かりだって全くない原因究明なんて。


 まぁ、そういうのを本気で知りたいと思ったら、訊いてみればいい。訊く気はないけど。


 ――ずっと頑張ってくれて、ありがとう。でも、私はもう大丈夫だから。


 そう呟き、笑顔を見せようとしたが、それがなかなか巧くいかない。


 笑いたいのに、笑顔でいたいのに、それすら巧く出来なかった。


 視界がぼやけ、頬をなにかが伝っている。


 ああ、私は泣いているんだ。


 どうして、泣いているんだろう?


 お父さんに、やっと逢えたから?


 助けて貰ったから?


 やっと逢えたのに、もうこの世の存在じゃなくなっているから?


 まだ赤ちゃんだった私を置いて死んでしまったから?


 助けて貰って嬉しくて――


 やっと逢えて嬉しくて――


 ずっと見守ってくれて嬉しくて――


 でももう生きていないことが悔しくて――


 それでも護ろうとしてくれていたのが嬉しくて、だけど哀しくて――


 そしてそれをさせてしまった自分の無力さに――腹が立った。


 嬉しくて嬉しくて嬉しくて悔しくて嬉しくて、腹立たしくて――そんなことで泣いている、泣くしか出来ない私が、本当に嫌い。


 そうやって声もなく泣いている私を、弟くんが後ろから抱き締めてくれた。


 ――は、俺が護ります、


 そうしながら、弟くんは「お父さん」にそう言った。


 すると、いままで只其処にいるだけだったその人――お父さんは、ゆっくりとそのかぶりを動かして、私と弟くんを見た。


 そしてなにかを言いたそうに口を動かし、だけどちょっと困った顔になってから――


 ――シ ア ワ セ 二 オ ナ リ――


 そう口を動かして頭を一度深く下げて、そして顔を上げて笑顔を見せると、そのまま光に溶け込むように消えてしまった。


 私は只、そんな光景が夢みたいに感じられて、だけどそうじゃないと判っているから――


 弟くんに抱き締められているそのままで、子供みたいに泣き続けた。



 ――*――*――*――*――*――*――



 で、そんなこんながありまして、季節は更に巡って七月になった。


 そして私は今日も今日とても電車に乗るために駅にいる。


 ああでも自転車では来ていないよ。弟くんのビッグスクーターに乗せて貰ってる。


 凄いんだよビッグスクーター! 凄く乗り心地が良いの! 弟くんが免許取ってそれ買って貰ってから、もうずっと乗せて貰ってる。

 弟くんもそのつもりだったみたいで、誰になにを言われるまでもなくフルフェイスのヘルメットを二つ用意してた。

 でも最初に用意してたのが、ネコミミでピンクのだったときにはどうしてくれようかと思っちゃったけど。


 色は良いんだよ、色は。ピンクで可愛いしね。でもネコミミってどうなの? もしかして弟くん、ケモミミ属性なの?


 直球で聞いてみたら、そんなわけないって言いながら、だけど若干挙動不審になっちゃった。ああ、そうなのね……。


 まぁ、いずれは「にゃん」って言ってあげるよ。でも今はね、まだ高校生だから我慢してね。


 で、結局はちゃんとした、顔部分が全部開くシステムフルフェイスヘルメットをAM●ZONで買った。ピンクだけど。

 そしてネコミミフルフェイスは、お姉ちゃんがちゃっかり貰ってた。弟くんに購入額の倍額渡して、何故か家で被って御満悦だったよ……。


 ああそうだ、「ん?」って思う言い回しが続いてたからはっきり言うね。

 私が戸籍を戻したのを切っ掛けに、弟くんと交際することになりました。

 今はそんな関係なんだけど、行く行くは婚約して欲しいって、お爺ちゃんお婆ちゃんお父さんお母さんお姉ちゃん市長さん長官さん名士さんが言ってた。

 ……うん、家族に言われるのはまだ良いんだけど、三匹のジジィには言われたくないかな。


 というか、隙を見付けてちょいちょいウチに来てはご飯食べてくのヤメてくれない?

 相変わらず、なんだこのお肉? っての持って来たり、コレ一個ン万円のマンゴーでしょ! とかいうの持って来るから、そういう面では良いかもだけど。


 そして誰が私を養子にするか勝手に相談しないでよ! そもそもこの名字変える気はないからね! 弟くんだって婿に来てくれるって言っ……なんでもない!


 あとお姉ちゃん、当たり前に長官さんと一緒に来るの、止めた方が良いよ。長官さんだって後ろ暗いことないのに週刊誌に色々書かれたらイヤでしょ?


 え? お姉ちゃんとのスキャンダルならウェルカム? むしろお願いしたい? というかヒールで踏んで欲しい?


 おーまわーりさーん! この人です!


 ……て! この人ソレのトップだったー!


 あ、こらお姉ちゃん、其処で真っ赤なスパイクヒール準備しない! あとシチュエーション設定の相談もしないでよ!


 誰か、私の代わりに突っ込んで!


 まぁそんなこんなな混沌がありまして、弟くんに乗せて貰って駅にいるわけなんだ。


 弟くんは心配性というか過保護というか、わざわざホームにまで一緒に来て見送ってくれる。余裕で間に合うから良いんだって。嬉しいから良いんだけどね。


 最初はキャーキャー騒がれてたけど、なんか私達って恋人っていうか既に夫婦にしか見えないってことで、すぐにそれは終息した。


 まぁ中には弟くんに一目惚れしちゃったり、私に交際を申し込んで来る物好きな某男子バスケ部主将もいるけど。


 ああ弟くんも私の影響でバスケ部に入ってて、ちゃんとした経験はないんだけど一年生でレギュラーになってて、ポジションは私と同じく一応は一番ポイント・ガードなんだけど、二番シューティング・ガード三番スモール・フォワード、更に四番パワー・フォワードまで出来るスウィングマンなんだって。

 背は185センチメートルちょっとだけど力はあるから、本当は五番センターも出来るんだけど、ソレやっちゃうとみんながなんにもしなくなるから、いつもは三番までしかしないってさ。

 でもそれを普通に出来るのって、プロでも少ないからね?


 あと何故か私のコネで成立しちゃったウチとの練習試合で、一人で六〇点奪ってたよ。

 そんなことになったらウチの男子バスケ部はヘコんじゃうって思うでしょ? そうならなかったよ。


 だって、ウチが84-78で勝ったから。


 弟くんのワンマンチームに、全員バスケのウチが負けるワケないでしょ。弟くんに頼り切りだった向こうには良い薬だったんじゃない?


 で、練習試合が終わった後でまだ余力があるからーって私と弟くんが1on1してたら、何故か「夫婦でイチャラブ1on1してる」って言われてた……。


 いやそんな気はなかったよ? だけど弟くんは体力が有り余ってるから消費させてあげないと大変なんだ……え? なんでみんなして引いてるの?


 あけすけだねーって……違う! そっちの意味じゃなーい! ある程度疲れさせないと、体力が余って眠れないんだって意味! そんなことはまだしてないから! あ、違う、まだじゃなくてしてないから!


 其処の独身顧問! なんで血涙流してんの!?


 誰か事態を収束させて――





 ……というコトがそのときあったんだよね。


 あー恥ずかしい。


 そんなバカなことを回想しながら、あーそういえばそろそろ弟くんの誕生日だ。プレゼントはなにが良いのかなーとか考えながら、いつものホームに行く。


 いつもの視えない人達は、今日も元気だ。そして相変わらず。


 そして、其処にいる人も――


 ――あ――


 思わず呟き、ベンチの傍で固まる私。


 其処には、いつも其処にいる人が、変わらず立っていた。

 只ひとつだけ違うのが、その人は私を一瞥して、きまりが悪そうな曖昧な表情を浮かべた。


 知らず知らず、私の口元に笑いがこみ上げて来る。


 あんなお別れしたのに、なんでまた戻って其処にいるの?


 格好付かないじゃない。


 ――お父さん――



 ――*――*――*――*――*――*――



 そういうことがあったんだよ、お姉ちゃん。


 スマホのフェイスタイムでそんな話しをしていると、お姉ちゃんは呆れたように溜息を吐いていた。


 え? 意外な反応。我ながら良い話だと思うんだけど――


「弟くんへの誕生日プレゼントはベロチューで良いんじゃない?」


 ――違うそうじゃない。


 だけどお約束で言わせて貰うよ。


 御唱和お願いします。


 ――お姉ちゃん!!





 (了)

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