ロボ太郎

第1話

気がつくと電車の中で寝てしまっていたらしい。


開いたドア越しに、見覚えのない駅名が見えた。


降りなければ、と、思った時にはドアは閉まっていた。


仕方ない、次の駅で乗り換えよう。

少し飲み過ぎたかな。


どこまで乗り過ごしてしまったのだろうか?周りには誰も乗っていない。


目が覚めてきたので、立ち上がり、停車駅一覧に目を通す。


「慈童、佐竹谷、都築、田園前、、、」


単線の路線図には全く覚えのない駅名がならんでおり、電車を乗り間違えたのは明らかであった。


携帯で現在位置を調べようとしたが、バッテリーが切れていた。


これはまいったな。


引き返せるのであれば、すぐに戻って家にまで帰りたいが、田舎の電車だ。もう終電の時間だろう。


ネカフェかカプセルホテルでも見つかればいいが、最悪、駅に泊まる羽目になるかもしれない。


ホテルがありそうな大きな駅まで乗り続けてしまうのが良い気もしたので、外を眺めながらそのまま乗っていることに決めた。


目の前には牧場らしき風景が続いている。


それにしても今はどのあたりなのだろう。


牧場の反対には、少し離れて真っ暗な海があるようだった。


海から吹き抜ける風の音と、波が岩に叩きつけられる音がうっすら聞こえる。


夜の海の雰囲気は少し不気味だ。

人が落ちても、気づいてもらえない。


窓からの潮風にあたりながら、そんなことを考えていた。


10分ほど乗っていたのだろうか。


「ガガ、ッツー、ザーーーーーー」


車内放送らしきものが流れたが、何も聞き取ることは出来なかった。


その直後、ブレーキ音が響き渡り、ゆっくりと駅に止まった。


ドアが開く前から感じる違和感。


駅のゴミ箱からはゴミが溢れ、管理不十分なのは一目瞭然なのだが、それだけではなかった。


駅名の看板が擦れていて読めないのだ。


これではまるで廃線である。


駅の壁が昭和風のモルタルなのは当然としても、ヒビ割れや穴、果ては穴から草が生える状態であった。


ゴミのせいだろうか、生き物が死んだような、嫌な匂いと温度が、ツンと、潮風に混ざって鼻腔を抜ける。


今すぐにでも引き返したい気持ちが強くなってきた。鼓動が早い。


しかし、この駅で降りて戻りの電車が来るのを待つのは同じくらいヤバいと直感が告げていた。


駅についてからというもの、鳥肌と冷や汗が止まらない。


どうしてもこの駅で降りてはいけない気がする。




田舎駅特有の長い停車時間を経てから、ドアが閉まった。


ノイズのような放送が再度流れ、電車は走り出した。


俺はドアが閉まるまで、結局何一つ身動きが取れなかった。


ドアが閉まり、電車が動きだしたことに対する安堵感すら、今は感じている。


冷や汗が引き、体温が戻ってきているようだ。


この駅から離れられる安心感から、余裕が生まれていることを感じる。


どうせもう来ないのだから、もっとこの奇妙な駅を見ておけばよかったとすら感じる。


まだ電車の動きはゆっくりなので、駅の様子を読み取ることが出来る。


はがれかけのモルタルは、古い壁の上に塗り重ねられているようで、古い壁が所々見えていた。


古い壁は木で出来ていて、白いスプレーで落書きがされていたようだ。


木製の壁だから草が生えてしまうのも仕方ないのかな?どちらにせよ暗くて良く見えない。


駅の掲示板が目に入ってきた。


掲示板には、破れた告知ポスターへばりついている。


「1988.5.21 この駅は残念ながら廃駅となりました。永らくのご利用、ご愛顧、ありがとうございました。」


待て待て待て、ここは廃駅なのか??


じゃあこの電車はなんだ? 何故廃駅に止まっていた?


他にも何か書かれていた気がするが、もう良くわからない状態だった。


徐々にスピードを上げていく電車。


モルタルが大きく剥がれた部分にスプレーで大きく落書きがしてあった。


「逃ゲテ」「乗ってると死ぬ」「早く降りろ」「駅カラ離レテ」「キケン」


白のスプレーでびっしりと落書きがされていた。


背筋には冷や汗が戻っている、一体俺は何に乗っているんだろう。


そういえば、昔「自殺電車」という話を聞いたことがある。


〜〜〜〜


電車を崖から海に飛び込むように配置された路線があり、使わなくなった電車をそこから廃棄していた時代があったそうだ。


その電車の怨念なのか、幽霊電車が今でもその路線を走ることがあるという。


崖に至る駅は全て廃駅で、その路線に呼ばれてしまった人間は、電車ごと海に飛び込むらしい。


ただ、死にたがっている車掌と、死にたがっている乗客が一定数いないと電車は走らないので、そこまで怖い話ではないという。


〜〜〜〜


少し調べると、そんな路線があった事実はないし、当時は聞き流すような内容の話だった。


ただ、今の状況、


海沿いの廃駅

いつのまにか乗っている異常性

壁に書かれたメッセージ


から、この話を思い出さずにはいられなかった。


次の駅がどんなに田舎でも降りて、どこか人のいるところまで歩こうと決めた。体は疲れきっているが、とにかくそう決めた。


酔いは完全にさめていた。


駅から電車が離れて、また退屈な牧場の風景に戻った。


俺は海でも見ようかと振り返ろうとして、また違和感に気づいた。


隣の車両が、老婆の集団で満席になっている。


さっきまでは誰も乗っていなかったはずだ。


老婆は全員座っており、誰も微動だにせず、会話もしていない。


ただまっすぐ前を見て座っており明らかに異様な光景だった。




そこから先はあまり覚えていないが、脳がキャパシティを超えたのだと思う。


俺はドアにくっついて立ち、牧場だけを見つめていた。老婆を視界に入れないように必死だった。


何度か後ろから話しかけられた気がするが、聞こえないフリをした。


次の駅につくなり俺は全力で走ったはずだが、どこをどう走ったのかはわからない。


多分、疲れはててどこかで休んだところで気絶してしまったのだと思う。


次に記憶があるのは病院のベットの上でだった。


俺は東京からの帰宅途中だったはずなのだが、そこは釧路の総合病院のベットの中だった。


俺は釧路の海沿いの道で倒れていたらしい。


財布と携帯はなくなっており、自分がどの路線を辿っていたのかを把握する方法も、もうなかった。


また、俺が東京で帰宅しようとしてから、釧路で発見されるまで、三か月の時間がたっていた。


その間俺が何をしていたなかは、いまだに一切わかっていない。


もしもあのまま電車に乗っていたらどうなったいたのか。


あのお婆さん達はどうなってしまったのか。


今でも思い出すと、寝れなくなる。

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ロボ太郎 @robotaro_SF

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