エピローグ
「元気出しなさいよ」
弥冨は蟹江と大会前に交わした食事を奢るという約束のため、蟹江の好物であるショッピングモールの中に店舗を持つ和菓子屋『権藤』に誘った。
その和菓子屋『権藤』の座敷で、斜向かいで物思いに耽っている蟹江に、弥富は慰めの言葉を送った。
蟹江は目の前の座卓に置かれた菓子皿とその上の二つの大福を、そぞろに眺めている。
だんまりを決め込み受け答えしない蟹江に、弥冨は反応を確かめるように、蟹江の前の菓子皿をゆっくりと引き寄せてみた。
反応なし。
「『権藤』の大福よ。食べないの?」
そう訊いて、大福の一つを持ち上げてみせる。
「いや……」
持ち上がった大福に目線を合わして、蟹江は弱く声を発した。
「食べるの?」
「少し待ってくれ」
「弥冨さん。師匠に強要しないでください」
蟹江の隣で、小牧が咎める口ぶりで言った。
弥冨はイラっと眉を顰める。
「強要なんてしてないわよ。陽太が暗い顔してるから、大福見て気を紛らせてあげようと思っただけ」
「それが強要なんです。師匠の食欲が出てくるまで、お皿に置いておけばいいんです」
「生意気言わないで。今の陽太が自分から食べるの待ってたら、いつまでかかるかわからないじゃない。それに大会の事から少しでも立ち直ってもらいたいのよ」
「師匠は大福なんかで立ち直る程、単純じゃありません」
それぞれの蟹江像で言い分をぶつけあう弥冨と小牧。
座敷の外から刺さる衆人の視線を感じて、蟹江は二人の悶着を断つために二人の顔の間に手刀のように手を差し降ろした。
手が目の前を落ち過ぎて、弥冨と小牧は口を止めて蟹江に向き直った。
「何よ、陽太?」「なんですか、師匠?」
二人の物問う目に蟹江は微笑み返した。
「ありがとうな、二人とも。俺の事、気遣ってくれて」
怒鳴られるかと思っていた二人は、ポカンと蟹江を見つめた。
言葉の意図を掴みかねている彼女達に、蟹江は浮かべていた微笑みを引き締める。
「俺の事は気にしなくていいぞ。俺はMGCのことをずるずる引きずってるわけじゃないんだ」
「でも、すごい憂い顔をしてじゃない。ほんとうにそう思ってる?」
「そうですよ。師匠こそ、あたし達に気を遣う必要ありませんよ」
蟹江が無理をして気丈を装っているように見えた二人は、疑う視線で彼を見つめた。
しかし蟹江は首を横に振る。
「俺は無理してないよ。ただちょっとのめり込んでるだけだよ。トニーに勝つためにはどうすればいいかなって」
そう返して、菓子皿の大福を手に取って口に持っていって齧った。
大福の外皮から溢れ出しそうな餡子を、下唇の内側で口内に押し込む。
「うん、美味いな」
蟹江の頬が綻ぶ。
二人は蟹江の次の言葉を待った。
蟹江は口の中の大福の一部を嚥下すると、二人に告げる。
「よかったら二人にも手伝ってもらいたい。次トニーと戦う時は俺が世界一だ」
蟹江の頼みに二人は不思議そうな顔をする。
「なによ、それ」「どうして、そんなこと言い出すんですか」
二人から芳しい反応が返ってこないので、蟹江はばつが悪くなった。
「嫌ならいいんだ。でもこの前みたいに一人で背負い込まない方がいいと思っただけだ」
変な事言ってごめんな、と付け足して詫びた。
大福の残りに齧りつこうとした時、弥冨と小牧は口元が緩んだようにくすっと笑う。
「その頼み、受けるわよ」
「師匠の頼み。快く受けさせてください」
申し出を受けるという二人に、蟹江は心の底から感謝の情が湧く。
「そうか……引き受けてくれるか。ありがとう」
頼りにしてる、と続けようとした時、座敷の襖がバシンと勢いよく開かれた。
蟹江、弥冨、小牧はギョッとして襖の方向を振り向く。
「カニエ、その話。ワタシも受けるわ。何からしたらイイ? 兄さんから技を聞き出してあげるワ。それとも兄さんからカニエが直接話を聞くなら、電話ぐらい繋ぐワ。それとも兄さんの特訓方法を知りたいカシラ?」
突然襖を開けた人物は大きな胸が揺れるほど息せき切って捲し立てた。
「んっうっ……」
蟹江はエミリーの登場に驚愕して、まともな声さえ出ない。
否、出ないのではなく出せないのだ。蟹江は大福を喉に詰まらせていた。
「っう、う」
苦し気に呻き、蟹江は喉を押えて蹲る。
「陽太!」
「師匠!」
「カニエ!」
悶える蟹江に三人は慌てて寄り添い、背中を叩いたり、首を上げさせたりして気道を広くさせたりして、詰まった大福を外に吐き出させた。
危うく命を落としかけた蟹江は、走馬燈にトランプのイメージが流れていた、と後に不安げに瞳を潤ませる三人への話のタネにした。
もしも、記憶力日本一の男が美少女中学生の弟子を持ったら 青キング(Aoking) @112428
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