決戦2
「兄さんのあんな顔、初めて見たワ」
モニタの中の兄の驚愕した顔に、エミリは目を丸くした。
「タイムで負けたのが、そうとうショックみたいだワ」
一方、師匠の勝利に小牧はひとまず胸を撫で下ろす。
「なんとか勝ちました。Cardsの対決をせずに試合が決まってしまうところでした」
「ねえ、今日の陽太ってどうかしてる?」
幻でも見ているようにモニタの蟹江を凝視し、弥冨が呆然として問うた。
「どういうことですか?」
弥冨の様子に気付いた小牧が尋ね返す。
「陽太は練習で54秒すら出したことないのに、今日の、しかも、こんな負けられない場面で、記録を更新するなんて、どうかしてるとしか考えられない」
「だって、師匠ですから」
小牧は当たり前の事のように、そう答えた。
「師匠はいつでも期待と予想を裏切ってきます。そういうところも、カッコいいです」
恥ずかしげもなく呟く。
目をぱちくりとさせて弥冨は小牧を振り向く。
「わかるワ。コマキの気持ち」
エミリーが手すりに両腕を載せるように凭れて、その上に顎を置いてもたれる。
そして陶然とモニタ内の蟹江を見つめた。
愛しい思いを蟹江に馳せる二人に、弥冨は口の端を引き攣らせる。
「二人とも何を言い出すの。どうして陽太がカッコいいなんて話題になるの?」
「なぜでしょう。そう思ったから、言っただけなんです」
モニタの蟹江に目を据えて、小牧がそう返答する。
小牧の横から意地の悪い顔を覗かせて、エミリが弥冨に向いた。
「ヤトミは恥ずかしがりネ。もっと感情を表に出しちゃっても、誰もイチャモンつけないから大丈夫ヨ。ほら、今ここで好きって言っちゃたほうがいいワ。すっきりするワヨ?」
「なんでそんな恥ずかしいこと言わないといけないのよ」
眉をしかめて拒否しつつも、弥冨の顔は自然と赤らんでくる。
「弥冨さん、エミリーさん」
目顔で催促するエミリと言い渋る弥冨の間で、小牧が改まった口調で二人の名を呼んだ。
エミリーと弥冨が小牧を見遣る。
「いつになるかわからないけれど、あたしは師匠にこの思いは伝えます。お二人には負けません」
小牧は決然として言い放った。
遠回しな宣戦布告にエミリーと弥冨も眦を決した。
「臨むところヨ」
「負けても文句はなしだからね」
小牧、エミリー、弥冨は目を合わせてそれぞれの意志を見て取ると、互いに笑みを零してモニタの蟹江に顔を戻した。
五戦目は最後に残った一種目、Cards。
泣いても笑ってもこれで勝敗が決まる。
蟹江は己の限界を試すような勝負が続いて、精神がかなり摩耗していた。
頭が鉛のように重くなって気持ちの悪さを抱きつつも、闘志だけは燃え尽きていない。
この日を待ち望み、歓喜の瞬間が眼前まで迫った今、勝負を投げ捨てることなど出来ようか?
気休めに背筋を伸ばして、自身の心にこれが最後だと言い聞かせて叱咤する。
わずかなブレークタイムが終わり、五戦目のマッチングが完了。
カウントダウンの数字を減っていく間に、蟹江は記憶の世界に没入する。
最初の四枚が現れると、プレイスが鮮明さを増し、反射的にイメージ変換が行われ、目の前で起きたかのような緻密さで早送りのストーリーが組み立てられる。
♧9→♤J→♡A→♡K
♧8→♧4→♢Q→♤3
♢J♧6→♤K→♤7
♢2→♡7→♤4→♤Q
♢5→♢4→♢8→♡Q
♤5→♧Q→♤9→♤8
♤6→♢10→♧10→♢3
♧7→♡J→♤2→♤A
♧J→♧2→♧A→♡2
♢9→♧5→♢A→♢6
五十二枚全てがプレイスに組み込まれて、蟹江は記憶を終えた。
45秒近く残してのフィニッシュ。
記憶が抜け落ちていないか確かめるのが恐くて、蟹江は普段のように余った時間でルートを巡り直す確認作業ができない。
蟹江の心臓の音が胸板を通り抜けて、直接聞こえて来るかのように激しく拍動していた。
平常心を取り戻そうと蟹江が自分を励ましているうちに、回答時間に移行する。
マウスを持つ手が途中で止まってしまわないかという不安を抑え込みながら、一枚一枚十三のプレイスでストーリーが再生させていった。
最後の一枚を回答すると、俄かに安堵の気持ちが起こる。
自然に湧いた気持ちにまだ勝ちが決まったわけじゃないのに、と自嘲的な笑みを唇に浮かべた。
果たして結果が表示される。
蟹江 陽太 52/52 14秒77
トニー・マイケル 52/52 14秒76
目にした結果を蟹江は感情で知り、言葉を失った。
そして自分が敗北したことを理性が知ると、奥歯を軋ませ、視界が熱い水の膜を張ったように歪んだ。
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