第2話 その空、レーザーを呼んで

 またも下校時刻の下駄箱で、僕は彼女に声を掛けた。雨は降ってなかったから、必然性はなかったのだけれども、帰り道が一緒なら良いだろうと思った。


 空科そらしなさんは空を長い間睨んだ。とても分厚い雲で、今にも雨が降り出しそうだった。


「今日なら良さそう」


 彼女が了承してくれたので、僕は隣を歩いた。昨日聞けなかったことを色々聞きたい。


「空科さんは太陽が嫌いなの?」

「いいえ。どうしてそう思うの?」

「いつも雨の日や曇りの日にしか学校来ないから」

「ああ、そういうこと」


 得心した彼女は頷いた。しかしそこで止まってしまい、晴れた日に来ない理由は続けて教えてくれはしない。聞いていいものなのかわからない。でも気になる。


「どうして晴れた日は休むの?」

「雲がないからよ。雲がないと、私は死んでしまう。正確には、レーザーを撃たれてしまうの」

「レーザー?」


 首を傾げる僕に、諦観のようなまなざしが刺さる。それが自嘲的な笑みへとスライドする手前、


「それが、空に在るの?」


 と続けた。


 空科さんはコクッと頷いた。


「じゃあ、空科さんはレーザーに狙われる系女子なんだね」


 彼女の瞳がカッと開かれる。


「そう!」

「だから昨日も一緒に帰ると死ぬって言ってたんだね」

「ええ。でも今日なら雲が分厚いから」

「昨日は確かに言われてみると雨の日にしては雲が薄かったね。ああ、だからあんなに身を寄せてくれたんだ。そうとは知らなかったから、ごめんね」

「わたしの方こそ。こんなにあっさり信じてくれるとは思わなかったから。さっきも、わたしが変な女だと思ってくれればいいと思って本当のことを言ったわ。でもあなたは信じてくれた」

「相手の事情なんてわからないからね。それに言われてみれば、他の人よりレーザーに狙われてそうだし」

「え?」

「あ、いや! 変な意味じゃなくて、なんて言うか、小谷こたにさんや大杉おおすぎ君よりは狙われてそうだなって言う比較をしてみただけだよ。深い意味はなくて、なんとなく」

「そう? うん。確かにあの人たちに比べるとそうかも。考えてみたこともなかったわ」


 それから彼女は色々なことを話してくれた。主にレーザーと空科さんについてだけれども。

 彼女は夜でも月の出ている日は外に出ないらしい。曇り空か雨、或いは新月の夜なら自由に外に出られるらしい。


「飛行機が通ったわけでもないのに、たまにゴゴゴォって空が鳴るときがあるでしょう? あれはわたしの姿を確認して照準を合わせるために砲台が動いた音なのよ」

「え! じゃああの音がしたときって、空科さんの身に危機が迫ってたときなの!?」


 たまに聞こえるこの音はなんだろうって思っていたけれど、まさか砲台が動いた音だったとは。


 ——ゴゴゴォ。


 不意に空が鳴った。あの音だ。


「ひっ」


 息を呑む彼女の手を取って、僕は走った。屋根付きのバス停に身を隠した。彼女は震えていた。


 レーザー発射前吃音症きつおんしょうの空を睨む。

 こんな怜悧れいりできれいな女子を撃とうなんて、なんて卑劣な空だろうか。

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