第3話 その夜、ベンチの上を払う

 それから雨の日と曇りの日は、毎日彼女と一緒に帰った。ちゃんと傘も持ち歩くようにしていた。お互いの距離が縮まっていくのを感じた。そして縮まれば縮まるほどに、彼女の不自由さを知ることになった。出歩ける日が限定されるというのは、それだけで辛いことだ。さらに学校にも行けないことが多くなれば、勉強も追いつくのが難しいし、友達も出来ない。この度引っ越してきたのも、レーザーに家がバレたからだと言う。レーザーに振り回される毎日を想像しただけで、息苦しくなった。自分には到底この生活は出来ないと思った。それを今現在までやり続けている彼女は、それだけで称賛を受けるべきだと思った。


 新月の夜、彼女とデートをした。公園を歩いただけだけれど、とても楽しかった。夜色よるいろの露を払いのけ、ベンチに座る。彼女は黒一色に星を敷き詰めた空を仰いだ。外灯に照らされた彼女の頬の産毛うぶげは、夜露を含んで薄雪草うすゆきそうのように白んでいた。僕はその横顔に見惚みとれる。


「いつか晴れた日に空多くうた君と遊んでみたいな」


 僕には八多又はたまたと言う苗字があったが、彼女は空多と名前で呼ぶことを選んでくれた。彼女にも雛姫ひなきと言う可愛らしい名前があったけれども、僕は空科そらしなさんと呼び続けた。晴れた空を見られない彼女と、せめて同じ空で繋がっていたかったから。


「きっと遊べるようになるよ」

「簡単なことじゃあないわ。それに狙われたら、傍に居る空多君も巻き添えを食らってしまうかも知れない」

「構わないよ」

「わたしは構うわ。せっかく友達に成れたのに。わたしのせいで死んでしまうなんて、嫌。ねえ空多君。やっぱりわたしたち会う頻度を控えた方がいいわ」


 なぜそんなことを。いや、気持ちはわかるけれども。たくさん会いたいのが僕のワガママなのはわかるけれども。それでもこうして会っていたいんだ。空科さんの当たり前になりたい。それなのに……。


 僕は胸が締め付けられて、思わず言葉を吐き出す。


「大丈夫だよ。僕はレーザーを跳ね返す系男子だから」


 彼女は表情を急変させて獣的な眼光を飛ばした。ぱっつんのひさしの奥で構えられた銃口に、僕は射すくめられてしまう。


「バカにしてるの? そんなわけないじゃない。そんな都合のいい人、居るわけない!」

「それは、そうだけど、でも、わからないじゃないか!」


 売り言葉に買い言葉だった。ああ。もちろんわかってる。そりゃあ僕が悪い。そんな、レーザーを跳ね返す系男子なんて居るわけないって思うよ。あまりに現実離れした話、荒唐無稽こうとうむけいの極地だってね。でもそれは、彼女と一緒に居たいと言う思いが強くてつい口をついて出てしまった言葉だ。彼女にだって僕の気持ちがわからないわけじゃあないだろうに。


「レーザーに狙われ続けて来た人生なんて、わからないものね……!」


 彼女は涙ぐんだまま言葉を投げ捨てた。湿気しけった地面に落ちた言葉に自分で土をかけるように踵を返す。僕はなにも言えないで、暗闇に溶けて行く小さな背中を見送った。

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