第11話 一匹いたら400匹はいる。

 刀で両断しても飛び散ったのは細かな部品だけ、メモリギアは無かった。機械蟲は何者かによって製造された人工物だということだ。

「一体どこから来たんだ?」


「...けっ、んな事も知らねぇか」

斬り残しが口を開いた。

念入りに刻んだ筈なのだが、話せる程度の余裕は残っていたようだ。


「出所はどこ?

..って言っても教えてくれないか。」


「今更隠したところで…何も出来ねぇしなぁ、教えたところで何が変わるってワケでもねぇが..」


「教えてくれるの?」


「CTラボだ」 「CT..ラボ。」


すんなりと教えてくれた。

スティングと呼ばれる機械蟲と比べると大雑把な印象を持っていたが、ここまでこだわりが無いとは。仕様の割に毒気の薄い性質が際立っている。


「簡単に教えちゃっていいの?」


「言ったろ、何も変わらねぇんだよ。行った後と前じゃなんにもな」

スコルピオの話によると多くの機械蟲を製造調整するCTラボと呼ばれる場所があるという。他のスティング、タランチュラも同様そこで造られた。


「まぁラボといっても簡素なもんだ、砂で塀を作って中で蟲達を管理してる

犬小屋の類みてぇなもんだ。」

罠ではないか、違和感を感じていた。

好戦的で、本気で命を狙ってきたサソリの兵器が何故ここまで情報を垂れ流してくれるのだろうか。


「なんでそんなに教えてくれるの?」


「あぁ?

決まってんだろ、自由の身だからだ。

..まぁこんな首だけのみっともねぇ姿になっちまったが今まではスティングの監視が酷くてよ、命令を聞くしか無かった。」 

滑稽な話だが、サソリの言葉からは深い人間味を感じた。

「だからお前の友達はよ、完全な被害者だ。今更遅せぇが...」

謝罪と取るべき態度なのだろう。

晴れて自由の身なら態々己の首を絞める事は言わない。情報提供は、ボルサスへの贖罪と理解した。

「正直..完全に赦せはしないけど、僕も目の前で人が死ぬのをただ見ていた事がある。そういうときってどうすればいいかわからなくなるよね。」


「…俺の自由をお前にやる。

CTラボへの道は覚えてる、パーツを俺から引っこ抜いてナビを造れ。つくりかたは教えてやる、焦るなよ?」

 余生の過ごし方など考えた事も無かった。まさか人の為に命を使うとは、殺めても救う事は無いと思っていた。

「適当に歩いてろ。

気付けば目的地に着いてるからよ」

贖罪というものは、自分の何かを失い償うという事。正式な意味は知らないが、彼はそう重んじていた。

〝気付けば目的地に着いている〟

場所へ到着し、目的地だと気付ける者が一人だけ。ポピラのみだという事は敢えて伝えずにナビを仕込んだ。

結果さえあればいい、道中の過程はただの道。意味など決してなくていい。


「迷うなよ、道なりにだけ進め..。」

毒が効く感覚をよく理解した

意識が遠のいていく、頭が上手く働かなくなったとき、視界がぼやけ何も見えなくなったときに事は絶頂。

「検討を...祈る..。」

言葉足らずに伝えたのは恐ろしかったからだ、後に巻き起こる嵐の風が。


「ここがCTラボ?

…成る程、これは突然過ぎるね。」

研究施設と聞いていたが為に、敷居をもって改めた環境があると思っていたしかし実物は簡素なものだ。

機械蟲のごった煮、皆同じ色で目を光らせ、考える事も同じだろう。結局この時代には争いと、くだらぬ欲と思想しかない。どんよりとした思惑の割に世界の景色は晴ればかり。

皮肉なものだ、人の姿はそちらが表。裏の顔は取り繕った外面だったという事が、滅びてやっと気付かれた。

「いつもつくりはシンプルだ

殴りたくなくても殴らされるよ。」


平和な世界にも害虫は出る。

処理は業者にと思っていたが、創設者は常に欠陥の改善に努めなければならないらしい。人である事を、止むを得ず辞めないといけない事がある。

「来てよ蟲共、悪いけど君たちの殆どは世界に必要がないみたいだ」

明確な数のわからない蟲たちには、常に流動的な形態変化が必要になる。

立ち止まったら終わり、動きを止めず武器を変え少ない威力で落としていくそのスタイルがベストだ。


「剣剣斧鎌...槍!」

はっきりしない硬度におおよその答えを導き出し、大きなを足して威力を変えていく。飛ぶ相手には飛び道具を織り交ぜ隙を作らないように戦っていく

「何故造られた?

君たちの目的は、製造者の意図は?」

少しでも理解をと謎解きをしながら腕を動かしているが返答として返ってくるのは無機質な機械音と偶に出る悪口

あくまでもインプットは虫けら、という事なのだろうか。まるで明確な返答が鼓膜を尋ねない、鍵は常に開けているというのに控えめな事だ。


「纏めて貰うよ。」

蟲の扱いにはもつ慣れた、網に潜らせてしまえば後は潰すだけ。

限度が3人までであった大刀の一振りも、今や数十匹の一掃を可能とする。

「..足場が少し減ってきたね。

まぁ仕方ないか、そうしないと土を足で踏む事すら出来なくなるし。


「なんだす?

蟲がバッタバタやられてるだすな」


「..いきなり何?」


稼働する機械蟲の影から人の男がひょいと顔を出す。操縦者が何かだろうか

「あ、侵入者だすか。

命知らずだすねぇ、複数人かと思ったら一人で来たんだすね..。」

半ば呆れた様子で蟲の上から見下して話す男は人というよりは鼠に近い顔で機械化しているのかも薄く分かり難い

得体の知れない男だが、唯一つだけ明確に言える事がある。


「君は斬れる対象だ」「へっ?」

乗っていた蟲の胴体を叩き斬る。

乗り物の役割を果たしていた蟲のバランスは崩れ男も余裕を保てない。

..と思われたが余裕シャクシャク、慣れた素振りで蟲の後頭部を弾くと自立的に首が外れ小さな羽虫となり男を乗せて飛んでいく。

「見栄え悪いとか言うなよ?

これでも結構がんばったんだから。」

「..君は何者なんだ?」

「あっしはサブリナ、機械をすこーしイジッて動かす力を持つ。まぁちょっとしたエンジニアだすかねぇ..」

羽を動かし器用に飛びながら簡素に応える。メモリギア〝ユアセルフ〟による能力で、既存の機能を操作、改造する事で規模は落ちるが別の機械を製造する事が出来る。


「君が機械蟲をつくったの?」

「..話聞いた方が身の為だすよ。

あっしはあくまで改造、0から1は作れないだす。蟲は元々あるものだすよ」

モノが無い割にちょい足しが多い。

砂漠の上は0ばかりの筈なのに、1を広げる能力の高い人間が蔓延り過ぎる。

「詳しい事はウチのオーナー

キャンティア所長に聞いてくれだす」


「CTラボ..キャンティアか。」

「呼んだ?

久し振りだね、名前呼ばれるのは。」

スクラップの蟲の山、片膝を立てて寛ぐ細身の人型シルエット。

「ようこそCTラボへ

思ったより汚いは言うなよ、禁句だ」

甲高い声に小柄な風貌。

ポピラは驚いた、想像と違う出立ちに


「ウソ、キャンティア所長って...。」

「何だ?」

「女の人なの⁉︎」「そうだが?」

機械の脚線美が、砂に映え魅了する。

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