第6話 砂の城サンドアート

 機械化による最も大きな変化は披露という感覚が消えた事、身体が頑強なつくりになったことだ。

どちらも表面的で物理的な側面だが謂わば身体的特徴が向上したといえる。


しかし変わらず、もしくは困難になった事もある。

心情や感情といった内側の部分は、記憶を消す事で改善は見込めるが人造前とほぼ同じエネルギーを使う。心の疲労は癒えないという事だ。

あとは無限に歩かされる広大な砂漠が意識を朦朧とさせる。

疲れるというよりは思考が止まる。

縦と横、緯度と経度、大まかな方向感覚は既に崩壊済みといっていい。


「随分歩いた感じがするな、本当に終わりが無いね。この砂の広場は」

汗は一体どんな色をしていただろう。

なんで空が青いのか、今やそんな事を聞く人間は一人もいない。

何処を見ても同じ景色、変わり映えしない、何も感じない無法地帯。


「…なんだここ..?」

但しごく稀に例外はある。

人というものは余計な手を施す生き物

何も無い場所に意味を持たせてしまう

「砂遊び..ではなさそうだね。」

均等に盛り上げられ形成された砂の塊

入り口と見られる扉も付いている。

「砂の街..いや、村?」

波打ち際に立っているような、今にも崩れそうな規模ではあるが確かに形として人の住む空間が存在している。


「旅のお方ですか!」「え?」

物珍そうに街を見ていると、腰の低い機械の男が笑顔で声を掛けてきた。

「旅のお方って、僕ですか?」

「..いや、ちょっと言ってみたくて。

よくあるでしょこういうの、余所者を歓迎するみたいな。」

見様見真似で触発された好奇心を実行していただけのようだ、そもそも街の住人が、砂漠にいるのか疑問な点だ。

「この場所、僕が作ったんです」

「君が? 街を作ったの⁉︎

こんな広大な砂漠の真ん中に?」


「そうです。

メモリギア〝メイク〟の能力、モノを自在に作り替える力。まぁ周りに砂しか無いので流動的ですけど」


「凄い、凄いよその力!

平和的だし誰も傷付けない。」


「本当ですか!?

褒められた、嬉しいなぁ..。」

人に褒められ喜ぶ素直な性質、現世界では珍しい明るく快活な男だ。

「久し振りに見たよ、楽しそうな人」

「そうですか?

緊張感無いですかね、僕あんまり絶望ってしなくって。ずっと日常が平和だったから、機械化にも抵抗なくて」

「そんな事無いよ。

波がないならそれが一番良い事だよ」

「そうですよね、良かった!」

過去を消している素振りは無い、消す理由が無かったと見える。それはそうだ、極普通の日常に突然マイナスが付いた者だっている。寧ろそれが自然であり一般的には当たり前だ。


「やっぱりギアとか欲しいですか?」


「え..?」


「いやその、世界をどうこう..!

とか考えいたりするのかなって。」


「……君は、考えてるの?」


「僕は正直余り考えてなくて、今が平和ならいいかなぁって..偶々手に入れたのが、モノをつくれる能力だったからかもしれないんですけど。」

今を満足する日常に変えていく、そういった発想はやはり覚醒してからでなければ思い付かないのだろうか。


「ここに住んでる人たちも、戦ったりするような能力を持っている人は殆どいなくて。なので外から来た人たちに〝メモリギアを渡せ〟なんて言われたりしたら怯えるだけなんです。」


「そういう人たちもいるんだね..」

皆が不幸だと思っていた。しかし今の現状を受け入れ緩やかに生きている人がいるわかればポピラの展望にも少しだけノイズがかかる。

一瞬戸惑ったが、決めてしまった事だ伏せるべきでも誤魔化すべきでも無い

「僕はギアを集めているよ。

君のように、一から世界を創ろうと思っている。平和と呼べる世界を」


「僕らは充分平和に暮らしてます。」


「それはあくまで君たちの話だよ。

全体がそうじゃない、ここが平和ならもっと平和な世界線を構築するから」


「ここは陳腐な街だと言うんですね」

「違うよ、そういう訳じゃない。」

「それでいいんですよ。

どうせかりそめの平和です、砂を動かして形取っただけのハリボテですよ」

結局人は大きなモノを望む。

そういった貪欲な感覚を嫌う快活な男の豊かな表情は、今まで遭った人物の〝哀しみ〟という感情と同じだった。


「ギアが欲しいですか?」

「..いや、いいよ。

少し街を歩くよ、人や家を見てくる」


小さな街だ、言うほど見るような場所は無い。家だって皆同じ形をしている

「かりそめの平和、か..。」

久々に改めて空を見るとやはり青い。何故青いのか、今は少し関心を持てる


「……。」

 ポピラの背中を見送ると男は街の床を見つめ、少し盛り上がった砂の腹に両手の指を通す。指を砂に入れたまま腕を上げると、床が一枚のフタのようにめくれて持ち上がる。

フタの奥には下へ降りる階段が続いており、どうやら地下に潜れるようだ。

「行くか…」

男はゆっくりと脚を下ろしフタを閉め階段を降りる。


「すごいな、しっかり窓まで付いている。そんなに精巧に作れるのか!」

 砂を加工してガラスを敷いたのか家の中が透けて確認できる。はっきりとでは無いが、住人の様子が把握できる程度、今見ている家の住人は椅子に座り壁側に顔を向けている。

「何してるんだろ?」

何か作業をしている素振りも無い。

只々壁を見つめ座っている、具合が悪いのか。病気という概念は無い筈だが


「どうかしましたか?」

「……」返事は無い。

「少し迷惑かもしれないけど」

軽く扉を叩いて声を掛けた、何か返事があれば平常であったとわかる。

「……!」「動いたっ!」

椅子から腰を上げ、窓際へ徐々に近付いてくる。長髪の女性、少し細身でか弱いといった言葉の相性が良い。


「あの、どうかしました..」「ケテ!」


「え?」

「..スケテ! タスケテッ!」


「わっ!」

血相をかいた顔をして窓を強く叩く女

口を封じられ、手枷が付いている。

近付いてきた時の重低音から、恐らく足枷の類も付けられている。

「どうしたのさ!?

何があったの、誰に拘束を..!」

窓が音を立てて弾け、空気が繋がる。

急いで女の口に付いた拘束を剥がし、様子を伺う。

「大丈夫っ!?」


「タスケテ..。」「え?」

家の床が沈み蟻地獄のような溝をつくり出し、女を呑み込む。

建物は蟻地獄の材料となり、跡形も残さず渦となり果てた。

「タスケテ..」「待って!」

渦の中心に空いた穴に落とされた女を追いかけ自らも渦に呑まれ落下する。

「うぅ...!」

流れの早い砂に落ちれば穴の先は緩やかな砂、優しく流れ静かに下がる。


「暗いな..ここは多分、街の下側?」

頭上の穴からは光が差し込み傍らには先程の女。少し先前方には、それよりも前に遭った人物の影が見えた。

「君、どうして此処に?

..あの砂の渦も君のギアの力なのか」

〝哀しみ〟を帯びていた表情は見る影もなく黒く歪み変形していた。


「こっちのセリフだよお客さん!

お人好しのつもりかもしれないけど余計な事してくれたよねー。」

豹変し、剥き出しとなった本性は裏なのか。以前まで見せていた顔が嘘ならば本性のソレを表ととるべきか。

「せっかく外に出しといてやったのにまた地下に逆戻りか?」

腕の指をくいと手前に傾けると、砂に隠れた格子の檻が中の人々を騒がせた

「あれだけの人が中に。

この街を残したいと言ってたのに!」


「あぁ残したいさ、理想郷だからな。

だからさっさとギア渡せ!」

安定という言葉の意味は、滞りなく監視の眼が行き届き余計な詮索の動きが無い、そんな街の事らしい。

「何の為に人を支配するんだ..?」


「何の為?

..昔っから、ガキの頃からの夢でよぉ王サマってのに憧れてた。派手な場所でふんぞりかえりたくってね。」

理想郷とはつまり、完全な屈服空間。

自らを崇め敬い続ける支配の絶対領域


「ギアってのは好きなモノを平気で何でも創り出せるんだろ?

でもそれは個人的な能力で行える。なら他の連中の能力を奪って従わせる、それだけすりゃあいいだけだ。」

ギアを引き抜けば只のカラクリ、機械の塊は命令を聞くに限る存在だ。


「そんな事が許されるか!

自分以外は完全に不自由じゃないか」


「…うるせぇな偽善者が。

お前みたいなのが平和を壊す要因だ」

檻の格子を柔軟に延ばしポピラを捕え牢獄の中に収容する。


「うざったいからそこにいろ。

動いてる分だけ邪魔だからよ、お前」

ポピラの旅路は、ここで足を止めた。

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