第5話 避雷針と稲妻

 …光が降り注ぐ、希望とは違う。

何か別の衝撃を含んだ玉のようなもの

針の先に落ちる。幾度も、幾度も..。


「諦めろ、往生際の悪い」


「お前で最後、そしたらやめてやる」


「阿呆が、もう次は無い。」「くっ」

いかずちが怒りを体現させる。


世界終わるとも激闘止まず

戦う面の裏側には、打たれて倒れる者もいる。どちらにせよ幸福とは皆無。


「思いを託すと言われてもな..。

記憶を無くしてよかったのだろうか」

二つのギアの持ち主は、どちらも記憶を残した者達。過去を覚えて今を生きた者たちの末路は破壊と消滅、余りに酷だと言える。


「立ち止まってはいられないけど、正しい動き方もわからない。」

〝前に進め〟と無責任な事を言って鼓舞したところで根本は同じ、根性などゴミに捨ててもいいものだ。


「キチキチキチ...!」「なんだ⁉︎」

「突如土から砂を巻き上げムカデのような機械が巨躯を延ばした。

「キチキチキチ..」

「目が光ってる、こっちへ来る!」

ポピラを標的とし縦に唸りながら迫る様はムカデというより蛇のそれ。

必死に逃げるが巻き上げた砂が空を汚すのみ、改善はしない。

「キチキチキチキチ...!」


「ダメだ、もう戦うしか..」

覚悟を決めて向き直り拳を構える。

すると、唸り動いていた身体がピタリと止まりポピラの眼前でムカデの瞳の光が閉じて停止する。

「...なんだ?」

よく見ればムカデの顔の中心に穴が開き、細い棒のようなものが刺さっている。棒はポピラよりも後ろ、背後の方から真っ直ぐに伸びている。

「これは針?」


「大丈夫か、俺以外で狙われてる奴を始めて見た。名は何だ?」

針と思われたのは指先、黒いマントを肩から全体に羽織った逆毛の男が温度の無い眼でこちらを見ている。


「ポピラです。」

「そうかポピラ、俺はキザミ。

あのデカイのには気を付けろ、機械蟲っていってな、個人的にアイツらの飼い主には因縁がある。」

機械蟲きかいちゅうと呼ばれる兵器から指を外し元の手のひらに戻す。

芯の抜けたムカデは砂に落ち機械の塊として置物になった。

「その指、ギアの力ですか?」

「ああこれか〝ニードル〟ってんだ。

伸縮自在に指を針のように鋭くする」

 計十本の指の伸縮を可能とし、熟練された器用な技だが足の指を伸ばす事も出来る。先端は鋭利な尖りとなり、刺突的な衝撃を与える。


「くだらねぇ力だろ?

指が伸び縮みするなんざくだらねぇ」

「そんな事ありません。

それに僕は助けられました、感謝してます。役に立つ能力ですよ」

「…感謝されたのは初めてだ。」

人を助けたつもりはあったが礼など期待はしていなかった。指が伸びる不格好さに慣れたくなくて貶されていたかったが、称賛は嫌にむず痒い。


「しかしおかしいな。何で蟲に狙われたんだ、変な匂いでもしてたのか?」


「機械蟲..あれもギアの力ですか?」


「まぁ似たようなもんだろう。

電磁で部品をくっ付けて造ってる..さっきからお前、よくギアにこだわるな集めてるのか?」


「はい、一応。」

「成る程な、そうかだからか。

それを目当てに狙ってきてたんだ、ギアが欲しいなら運がいい。もう一つくらい新しいのが手に入るかもな」

キザミは何か知っているようだったが聞くべきよりも良い方法がある。

「ついていってもいいかな?」

「..正気か、お前。」

話は道中で聞けばいい、何が起きるか何処の誰の事か、取るには足らない。

「行くあてが無いのか?

なら勝手にしろ、但し邪魔はするな」

拒否の選択肢は無かった。

ただ一つ、記憶の不安はあったが。


「敵仇?」


「ああそうだ、長い間奴の首を狙ってる。電撃の能力の男だ」

走りながらだが充分に話は聞ける

やはりこの方法を取って正解だった。


「過去に何かされたとか..機械化する前とか、して直ぐ後とか」


「記憶?

そんなもん捨てちまってもう無いさ。

言ったろ、個人的な因縁だって」


「……。」

ポピラは少し安堵していた。

敢えて残したものに足を掴まれる事が無いというだけで随分と心が軽い。


「絶対に、壊れないでくださいね...」


「なんだ心配なのか?

..まぁ確かに相打ちは御免被りたい」

死など最早無いと思っていたが、それ以上の絶望が先に有る事を知った。

笑わなくてもいい、ただ息をする環境を残しておいて欲しい、それだけだ。


「キチキチキチキチ..!」「来たか」

砂が一気に掘り返り、多種多様の人口物が赤い眼を光らせ音を軋ませる。

「機械蟲の群れだ、面倒だな」

「すごい量だよ。

足の踏み場だって探さないと難しい」

「はぐれるなよ?

俺にしっかり付いてこい。」

ニードルを発動、少ない動きで急所を次々と狙い静かに落としていく。

「急げ、早くしないと潰されるぞ!」

ドミノのように連続して砂に落ちる蟲達の隙間を素早く移動して進む。

キザミはこれを、今の今まで日常的に行ない続けていたのだ。腰に巻いた一筋縄は、既に役目を果たさぬ程にほつれほどけていることだろう。


「無事か?」「うん、なんとか。」

「初見の奴にはちとキツいだろう、手間掛けさせた。」

危機に慣れた者の恐れる者は一体何かそれは第三者の平和だろう。自らとは異なる柔和な感覚に触れるのは、危険の中に注意点を加える事と同じ。

要らぬ警戒を強いられることになる。


「おや、なんだ?

野ネズミにも友がいたのか」


「突然現れやがる..。」

雲のような黒いモヤに乗り浮かんだ男が、二人を見下ろす。おそらくこれがキザミの言っていた〝因縁の相手〟

機械蟲の飼い主と聞く人物であろう。

「空に浮いてる?

背中に羽根まで生えている。あれで飛ぶ訳では無いんだね」

「スカした態度が好きなのさ、だから気にくわねぇ。今すぐ顔を殴りたい」


彼の名はヴァイフル。

〝ボルテック〟の力を使うギア保持者で自ら造り上げた機械蟲の飼主。

キザミとの因縁は新世界の開幕後、放し飼いをしていた機械蟲への執拗な衝撃を受け、様子を見にいけばキザミが一人で次々とスクラップにしていた。


「機械蟲を雑に扱ったのはお前だ

いい加減潰れろ、最早怒りも湧かん」


「先に襲ってきたのは蟲たちだ!

ロクに話も聞かずに怒ってんなよ、腹が立つから壊れるまで挑み続ける。」


「もしかして、それが因縁..?」

両者子どもの喧嘩のような理由だが、眼は本域で血走っている。これなれば何をしても止まらない、理由がコレなら尚更の事だ。


「イカヅチに沈め!」「くっ!」

雨でも無いのに落雷が落ちる、それもキザミをピンポイントに。キザミはこれが初めてではないのか慣れた素振りでするりと躱し、指を伸ばす。

「あの雷..今まで何度も受けたのか」

慣れは痛みを超えていく、頭上から落ちる落雷を幾度も躱し続け、針の指を伸ばす距離を徐々に狭めている。


「単発では無理か、ならば隙間無く」

空一帯に落雷を広げ逃げ場を塞ぐように複数個地上へ落とす。

一つ躱そうと隙間無くキザミを狙う落雷はいずれ直撃する、理不尽な寸法だ


「逃げ場は無いぞ」

「..知ってるか?

雷ってのは高いものに落ちるんだ。何よりも高くでかいものにな!」

指の先端を器用に曲げフック状にし、寝転ぶ機械のムカデを掴み頭上の上に放り投げる。蟲の身体に覆われた空は暗く何も見えないが、落雷は一斉にその身体に落ちる。

「力にかまけ過ぎたなヴァイフル!

やっとお前を串刺しに出来る。」

5本の指を伸ばししならせ鋭く飛ばす

先端が一度でも刺されば振動し蜂の巣のように無数の穴を開ける。

「..甘いな」

ストローのような筒状の棒を口に当てがい、気泡をつくる。しゃぼん玉のように膨らむその玉はふよふよと空間を漂い指の軌道を阻害する。

「何のつもりだ?」


「プラズマボールだ、手製のな。」


道中の玉に指が触れた。

すると先端から強烈な電撃が流電し、全身を痺れされる。

「ぐああぁぁっー!」「ふん。」

「キザミっ!」

煙を吹くほどの高圧を誇る衝撃は、慣れの感覚すらも凌駕する。

「効くぜ..」

「以前言わなかったか?

次は無いと、聞いていた筈だが」

「勝手に決めるなよ、こんなもの避ければ簡単に手は届く..。」


「おっと空がお留守だぞ」

高いモノに落雷は落ちる、今最も高いのはキザミだ。

「ぐあぁっ!」「無様だな、野鼠。」

頭上からは落雷、前方には電撃を帯びたしゃぼん玉。八方塞がりのフィールドで動きは極端に制限される。

「屈するかこんなもんに!」

「馬鹿が。」

軌道を逸らして指を伸ばしても後から玉を当てればいいだけ、全身に電流が疾った後はすかさず落雷。休む暇も無く痛みを伴い続ける。

「かっ..あぁっ...」「もう限界か?」

そんな姿を傍観し、手を出せずにいる歯痒い男。力が覚醒していないとはいえ何も出来ないのはこれで二度目だ。

「キザミが危ない!

..だけどどうすれば、僕に出来る事」

頭を抱えて必死に考えた。

しかし物理的な戦力には到底なり得ない、宙に浮く相手ならば唯一の拳も当たらない。

「また同じか、バンビーの時と同じ。

...ん、バンビー?」

力は無いが、残されたものはある。

それは思いを具現化した形のあるもの


「かっは..こりゃちとキツいな。」

「いい加減諦めろ、大人しく潰れろ」

「御免だなそりゃあ..次いくぞ。」

最早戦意は削がれつつあったが、意地と執念が身体を奮い立たせる。とはいっても既にショート寸前、少しでも気を抜けばいつでも身体は崩壊する。

「往生際の悪い」

「..まぁ確かに随分無理はしてるさ」


「キザミはしれ!

止まらずに、真っ直ぐ目の前まで!」

「ポピラ?

...わーったよ、言う事聞いてやらぁ」

背後からの声援は同時に行動を促した連れて来た知り合いの、言う事を聞く思考停止では無く自らの意思で。

「仲間ですら匙を投げたか」

「わからんぜ?

数分後にはホエ面かいてるかもな!」

「やはり底抜けの馬鹿だな

いや、馬鹿共か。」

瞬間を読む、衝撃が重なるとき。

受ける体罰が同時に流れたそのときに


「今だっ..!」

プラズマボールが連なり、落雷が落ちる。しかしその落雷はキザミでは無くもう一つ上の高い箇所。

「落雷が奴を避けている?

..いや違う、何かが奴より上で回転している。あれは、円盤?」

ブーメランのようにくるくると、頭と雷の間を通り抜ける丸く薄い金属板。

「円盤じゃない、メモリギアか⁉︎」

 落雷を掻っ切りプラズマ玉を破斬するメモリギアは記憶の断片、物理的衝撃では壊せない。

しかし金属としての役割は残る。触れた落雷やプラズマの電撃は、ギアの表面に帯電し、稲光を反射するカッターとして電源に食い込む武器となる。

「バンビーの爆撃は凄く目立つんだ」

胸に刺さった歯車は、直接帯電した電撃をヴァイフルに浴びせる。

「ぐああぁぁっ!」

「まだ終わりじゃないよ、ね?」

「ああ、その通りだ。」

跳び上がり、宙に浮く身体に視線を合わせて10本の指を鳴らす。


「偉そうにしている割には、自分で垂れ流す電撃を受けた事は無かったみてぇだな。臆病なもんだ」

「ひっ..!」

「蜂の巣になりやがれ、ヴァイフル」

鋭利な無数の指をムチのようにしならせ連続で刺突する。悲鳴を上げる暇も無く身体はひび割れていき、中の機械繊維を露にしていく。

「これ、貰ってくぞ」

左胸の辺りに引っかかる青い歯車を引き抜くと、黒い雲が消え、砂の上に鈍い音を立て身体を落とした。

「あれだけ長い間手間を掛けたのに、くたばるときは呆気ないもんだな」

戻した指を眺めながら、求めていた結果の終わりを冷めた口調で物語る。


「キザミ!」「おう。」

駆け寄るポピラにバンビーのギアを返却し、その上で戦利品を渡す。

「野郎の歯車だ、汚い奴でも中の部品は綺麗だな。見たくはねぇが」

「……」「どうした?」

勢いで助力を施したが、後悔していた

余計な手出しだったのではと、出過ぎた真似をしたと自負を抱えている。


「気にすんな、留めをさしたのは俺だなら勝ったのは俺の筈だろ?」


「なら、いいんだけどさ..。」


「随分気にしぃだな、大丈夫か?

..でもまぁお前が作る平和な世界ってのは少し楽しみだけどな。」


「いつになるか分からないけど、約束する。必ず創るよ、新しい世界。」


「そうか?

なら、これもやるよっ!」

伸ばした指を腹に刺し込み、穴を開けてギアを取り出す。


「ほれ、受け取りな!」

「それキザミのメモリギア、駄目だよ自分でしっかり持ってなきゃ。」


「俺の思いはさっき叶った、もうこんの能力いらねぇよ。後はお前に託したまた新たな街で会おうぜぇ。」

また一つの思いを託された、力に一切の未練も持たず口笛を吹き去っていく後ろ姿は、事を成し遂げ肩の荷を下ろした自由の象徴に他ならない。


「近いうちに会いに行くよ、絶対」

決意がより固くポピラを引き締めた。

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