第4話 爆ぜない歯車
長らく砂の上を走っていると、不安定な足場にも慣れが生じてきた。
随分と走ったが距離の程は分からない殺風景な砂は、数字で表す単位をかき消して不毛の二文字のみを残すのだ。
「バテてないかポピラ?
ってまぁオレ達は内蔵エネルギーで動いてるからな、そんなもんねぇけど」
「わかってるけど、静かに..」
体力や疲労は問題無い。
しかし単純に活発な態度が苦手だ、疲れなくとも感情はある。それを踏まえてあくまでも〝人造〟と呼ぶのだ。
『ブイィィン...』
「ん、ほら見てみろ。ランプの色が赤から変わってきてる、近いぞ」
電波の回線が砂漠で通るのかとうるさい奴は言うだろうが、人造体は歩いているだけで電波を放つ。
バンビーが造った発信器は範囲的に電波をキャッチし色を変化させるもの。犬の回線で造ったので犬に近しい存在つまり犬を放った飼い主を探す装置。
「さっきみたいな不具合じゃ..」
「それは無ぇ、色が変わってるからなちゃんと感知してる証拠だ。」
人のスキルに限界があるように、機械にもやれない事がある。
だが機械の場合は人とは少し異なり、限定条件を用いた制約の限界となる。
バンビーの場合は〝鉄屑を素材〟とし爆撃を発生させる。
犬や動く生物の場合は一体何がリスクとなるのだろうか。
「おっとエモノがかかったか、それも二匹。上出来ってトコロだね」
発信器が完全に黄色に変わる、強い電波を放っていたのは恐らくこの男。
長髪の痩せ型、屈強な出で立ちにはまるで見えないが装置は本音の結果を導き吐き出している。
「誰だ?」
「誰だって、君達こそ何に乗ってる?
..それ僕のだと思うんだけど。」
男の背後からぬるりと複数の犬が顔を出す。皆同じ顔、何度か周囲を囲まれたのと同じ形状の白く機械的な犬だ。
「悔しいか、改造したんだ。
お前がホントに飼い主ならば、取り敢えずは大成功だな!」
乗っていたガラクタ犬から降り、蹴飛ばして返却する。
「ポピラ、お前もやれ」
「僕は普通に降りるよっ!」
吹き飛ばされたガラクタは飼い主へあたる目前のところで他の犬に噛み砕かれた。捕食する訳でも無く、噛み散らかして破片を捨てた。
「よく出来たな、飼い犬だろ?」
「心は痛むさ
だけどまた生み出せばいい。」
「バンビー、来るよ」「あぁ..。」
三匹程であった犬はゾロゾロと増え二人を取り囲む。何度も見た光景、しかし慣れない危機を覚える。
「僕の能力は〝ケルベロス〟
犬を召喚し従える。生み出す形状は皆同じで激しく電波を放つから身バレは半端じゃないけど、充分だよね。」
ドーベルマンは機械となっても忠実に言う事を聞く、正確過ぎる程に。
「いいのかよ?
そんなにベラベラ話しちまって」
「これから噛み潰される人達なら聞かせても広まらないでしょ。」
「いってくれるじゃねぇかよっ!」
円を描いた爆撃で犬を吹き飛ばす。囲まれているのなら、その形で爆破を延ばせばスクラップにできる。
「だからそれ危ないんだってば!
周りの安全確認してからやってよ!」
ポピラは爆発では壊れないと勝手に思っているのか無視する感覚で気に留めない。真っ直ぐなのか白状なのか。
「そうか、ならこれはどうかな?」
再び犬を召喚し、今度は円ではなく別離的に配置する。
「7:3、赤い君の方が少し多いけど纏めてかかると爆発しちゃうからね。疎らに動いてもらうとするよ」
「余計な事すんな!」「お互い様。」
やられた分を返す周到な性分のようで理不尽を平気で叩きつけてくる。
「君は見たトコロ丸腰だよね
三匹もいれば結構手こずると思うよ」
単純な力量ならば賄えるが、意思は指示をする向こうに存在する。
確実に手こずらせる動きをみせてくる
「覚醒してくれれば簡単なんだけど」
素手の限界を途中で超えれば希望が見える。ただ遣り方がわからない、闇雲に腕を振り続けるしかないのか。
「かかれ!」「ちいっ!」
爆撃に巻き込まれぬよう意図的な距離で犬を動かし翻弄する。
「バウ!」「くそっ..!」
一時纏まって動いていても爆撃を当てる直前に離れ単独となってしまう為範囲的な爆破の意味が無い。
「素材を節約した方が良さそうだな、デカい爆撃は避けた方が良さそうだ」
素材の量で爆破量が変わる。
下手に大きな爆撃を放ち距離を取られ避けられたら不発も良いところ、僅かな素材で堅実的にシフトする。
「二匹仕留めてあと5体、壊した犬から素材を回収しつつ一匹ずつやる。」
「そんなに上手くいく?」
「バウ!」
新たに新品の二匹が現れスクラップの犬を噛み砕き素材を潰した。
「なんだよそんなのアリかおい!?」
倒した労力も戦利品も失われた、素材を使う能力は増える敵とは圧倒的に相性が悪い、爆ぜる思いだ。
「どこまで待つか見ものだな」
「ポピラ気をつけろ!
この犬コロ倒しても増えるぞ!」
「え?」「おいおい。」
ポピラの足元には既に壊れた犬が三匹身体を潰して倒れている。
「もう終わったのかよ、お前強いな」
「まぁまぁてこずったよ?」
なかなか能力が覚醒せず、生身で生き続けたポピラの腕は自然と硬度に慣れており、ある程度の金属であれば砕ける程になっていた。
「素材が欲しいなら使いなよ、ほら」
「あっ、とと..。」
原型のほぼ残った犬のスクラップを平然と投げてきた。手のひらサイズの素材と比べると規格外の大きさ。
「一発、ぶちかますか」
掲げられた犬のスクラップが、青白い光を放つ。
「離れろ!」「遅せぇ!」
常に距離を取って指示する長髪の男は安全圏を確保し過ぎた。犬はそれ程遠くには行けない。
「あいつ、犬と一緒に発信器投げてきやがった。..まぁいいかもう使わねぇだろうしな、所詮犬は犬だ。」
「どうした!?
言う事を聞け、離れるんだよ!!」
「やっぱりお前はわかんねぇんだな、同じ電波が強く響くとそいつらは区別が付かなくなるみてぇだぜ?」
従えている主人の電波、発信器はバンビーが電波だけを残し独自に改造したいわば犬小屋。
「一度犬を借りたときに細工したんだお前の電波を使った発信器に誘導電波を加えたらどうなるか、見事にバグったな。科学的な根拠は知らねぇが」
砂漠の磁場かバンビーの横槍か犬には都合よく不具合が生じた。
当時の学者に言えば恐らく言うだろう
「そのような事例は存在しません。」
「まとめて爆ぜろ!」
範囲内に収まった犬が爆風に呑まれる
限度を超えた爆撃を受けても完全には破壊されず、破片を残して屑と化す。
「けっほ...そうか、わかった。
ポピラお前こんな思いだったんだな」
死にこそしないという空間の出来事が最も痛い、耐えても死ねないのだ。
「バンビー...後ろ。」「あん?」
「良かったね、これで全匹君に懐く」
「..おいおい。」
纏めて壊した7匹にポピラが潰した3匹を加えた計10匹が、一人を取り囲む。
「僕が一度に出せるのは10匹
爆音が一々うるさいから慣れるまで君に爆破して貰うことにしたよ。」
まんまとマーキングを付けられた。
10匹から1匹でも減少すれば、新たな犬が召喚される。纏めて10匹を吹き飛ばせば、更に10匹が顔を揃える。
「キリの無ぇ犬との戯れか..素材が幾つあっても足りねぇな。」
「僕も手伝うよ!」「離れてろ。」
戦力以前に気遣いが増える、背中をお互いに合わせても爆撃の威力は制限される。自由を好む四面楚歌、である。
「そういう事だから、黙ってて」
機械用捕縛電流装置
玉のような形状で投げて使用する。
中心を少し捻ると電流が流れ、狙った標的に網のように延びて拘束する。
「うわ、離せ!」
「じっとしてて、静かに口閉じて。」
ポピラの身体は縛り上げられ砂に押しつけられた。これでは救済は愚か助力も出来はしない、また爆ぜる思いだ。
「さぁ来い爆破男。
お前の限界を見せてみろ」
「……!」
そこからは泥試合もいい所だった。
素材を減らしては爆撃を起こし、犬を壊しては再び生み出すの繰り返し。傍観する方の気持ちに寄り添わず、幾度も同じ景色を流し続ける。そうなればやがて手数は減り、活気は薄まる。
「素材が無ぇ..限界か。」
「待っていた、この時を...ははは!」
10匹の犬が一斉に食らい付く。
爆発しない機械など最早歯を研ぐ置物
剥き出しの牙が鉄の表面を傷付ける。
「犬が嬉しそうだ、何よりだ!
これ程幸福な事があるか、なぁ!?」
「.,随分と犬が好きなんだな。
昔になんかあったのか、聞かせろよ」
「……」「どうした?」
執拗な犬への執着、能力にまでなったそれはどれ程の存在なのか。餌となっても分からない男の内を問いかける。
「僕は沢山の犬と暮らしてた」
意外に素直に口を開く男、冥土の土産の一つだと割り切っているのか。
「犬種は決まってドーベルマン、一人で生きていた僕にとっては強く守られている気がした。」
広い庭で飼っていた犬は徐々に数を増やし、気付けば10匹にも及んでいた。
「そんなときだよ」
最後の1匹が、漸く家に慣れ懐いた頃人々の争いが激化した。
「僕は直ぐに決断したよ、平和に暮らしたかったからね。人造化を受け入れた、手術は無事成功したよ。」
決断を早めたのは、他にも用があったからだ。金持ちだった事もあり余裕もあった、費用に問題は無い、しかし。
「政府は犬の人造化を認めなかった」
施術をほどこすのは人間のみ、ペットや動物は既に死に絶える存在だと認識されていた。
「僕は絶望したよ。
衰退し、倒れていく様を目の前で見た10度も連続してね。打ちひしがれた」
その後のギアの覚醒は直ぐだった。
潜在的な〝ケルベロス〟は、機械の身体を急激に温めようと働いた。
「君にこの気持ちがわかるか?
最早スクラップ同然の君にさ。」
「……オレの妹も犬が好きだったぜ」
「え?」
「犬は忠実だからよ。
何でも素直に聞いちまう、人を喰えといってもな。だが人ってのは機械になっても中々言う事を聞かねぇよ。」
牙に抉られた身体を支える関節は、犬が食らい付いて牙を剥いても動き続け全体を動かし続け止まる事が無い。
「来るな、来るなぁっ!」
「オレはもう素材が無ぇと思ってた。だけど思い出したんだよ、あの日妹はオレを庇ってオレの力で死んだんだ」
「……待ってよ、バンビーダメだ!」
捕われのポピラはその一言で大方バンビーの思惑を読み取れた。
「何がダメだって?
オレにはよく..わからねぇけどっ!」
「ひっ..!」
犬は飼い主の言う事を聞き続ける。背後から首をロックし、一体化するバンビーに食らい付きながら離れない。
「安心しろ
二人分のギアはお前にやる。世界を再構築したら、出来ればでいい。オレの妹もコイツの犬も救ってやってくれ」
「いいから僕から直ぐに離れろ!」
「妹も直前に同じ事言われてたな。
やっぱり兄妹か、よく似るもんだぜ」
諭った瞳に、迷いは無かった
「..じゃあなポピラ、後は頼んだ。」
「バンビー!」
砂を噴き上げる程の爆風が吹き荒び空間を大きく歪ませた。
爆破の後の細やかな破片が散らばる砂の上、腕の名残の部品の中に、護るように歯車が二枚傷一つ無く並んでいた
「絶対、世界を取り戻すから。
二人の記憶、忘れず連れていくから」
ぽっかりと空いたメモリーに、新しく古い記憶が保存された。
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