第79話 ヒトのコオニのコ自然のコ

 人間は大いなる自然のしもべである。自然の一部に過ぎない人間風情がその母体に敵うはずがなく、出来ることと言えばその恩寵と懲罰を甘んじて受け入れることくらいだろう。当たり前すぎて皆忘れてしまったことだ。

 今、私はその当たり前を目の当たりにしている。人間には、例え細波が率いる連中といえども所詮ちっぽけな人間の寄せ集めに過ぎない。彼らに許されているのは、どうやっても勝つことの出来ないものに翻弄されることだけである。何もかもが無謀だったのだ。細波たちはきっと私の元へ辿り着くことすら出来ずにその命を散らすだろう。


 大自然の怒りと言うべき猛攻が次々と細波たちに襲い掛かった。勢いを増す豪雨、落雷。竜巻が巻き上がり、足場である地面は不規則に割れていく。極めつけは至るところに生えている多摩の土地に根ざした木々——その枝が意思を持ったように動き出し、疲労の溜まった彼らを鞭打つ。ひたすらに力任せに叩きのめそうと振るわれたその枝によってまた地面が割れる。天変地異を躱し、いなしながら彼らは命からがら前へ前へと進んで行く。未だに誰も死んでいないのが不思議なくらいだった。しかし目的地へ近づくにつれて勢いを増す攻撃と反対に、彼らは当然消耗するばかりである。当然ながら限界が訪れる。


 はじめに脱落したのは大男であった。一見すると意外そうであるが、しかしまあ妥当なところだろう。オニでもないその身では受け止めるのに余りあるほどの肉体的な負担を負い、最後は白衣の少年を庇って竜巻に巻き込まれ、姿を消してしまった。

仲間の一人を失ってしまったのにも関わらず、彼らはなおも進んで行った。迷いなく、と言うより、迷いは事前に払ってきたらしい。不安と焦燥に駆られたその表情を隠す余裕までは無いようだった。


 次の脱落者は無情にも、大男が命がけで護った白衣の少年であった。今度は何かを成し遂げるわけでもなく、ただただ無意味に地割れに足をとられた隙に濁流に飲まれていった。何も珍しいことでは無い。自然の懲罰を前にして何かを成し遂げることのできる人間の方が少ないだろう。多くはこの少年のように、志半ばで何もできずに消えてしまう。


 大男と白衣の少年を追うようにして何か小さな影が走ったようであったが、私は注意をそちらに向けることが出来なかった。間髪入れずに今度はオニの乙女と仙人が一緒になって木々の枝に打ち付けられ、身動きがとれなくなってしまった。こちらは意外なことに、オニの乙女の方を仙人が庇ったために二人まとめて犠牲になってしまった。聡明であるように見えた仙人にしてはらしくない行為であったと見えるが、しかしこれもまた人間が人間である所以か……。


 これで残すところは細波のみとなった。細波は決して振り返らず、立ち止まらず、ただ前に前に走った。しかしやはり大自然は無情だ。健気で懸命な細波を嘲笑あざわらうかのように、四方から襲い掛かってくる木々の枝先が容赦なく細波の頭を、喉を、腹を、抉った。

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