第78話 オニとタヌキは手を取り合えるか

 リコの差し出したその手を私はおそるおそる握った。その瞬間、また私の全身に音と文字と映像の洪水と呼ぶべき情報が流れ込んできた。時間にするとそれほど長くは無かったかもしれないが、それでも私が何もかも思い出し、そして理解するのには十分すぎるほどであった。

 私はリコを通して多摩タヌキと——多摩の土地そのものと繋がったようである。


  ◆

 惨劇はあちらこちらで起こっていた。倒壊する壁、ひび割れる道路。文明が音を立てて崩れていく。さらには海がそのまま降ってきたような暴力的な豪雨、その中で暴れ回る雷の轟音。誰も彼もが阿鼻叫喚で、絶望に打ちひしがれて動けなくなる者やなんとか逃げようと走り回る者、我が子を守ろうと苦心する者など様々である。あるいは多少精神力の強い者は、どうにかして安全な場所に人々を避難させようとしていたが、どちらにしてもそのうち自然の強大さに屈するのに変わりはないだろう。


 多摩の土地で起こっている全てのことが感覚的に理解できた。多摩の土地が持つ、人間風情には到底立ち打つことなど叶わない程の力を実感し、人間は間違いなく滅ぼされてしまうということを悟った。


 しかしあるいはこの予想は覆されるのではないかと思っていた。それは、多摩の土地のほぼ全ての場所で破壊と絶望が蔓延しているのに対して、たった一つ、たった五人の集団だけが、ある明確な目標、あるいは小さな希望を抱いて走っているからである。私はその一人一人を良く知っていた。ここ数日私を悩ませ、怒らせ、しかしどこかで楽しませてくれた、好みも種族も性格もバラバラのへんてこ集団。その先頭には、かつて私の予想など次々と覆し、奇妙奇天烈な光景を繰り広げる男がいる。男の名は細波という。どうして今まで忘れていたのか不思議なくらいである。


 その集団は明確にどこか一つの場所を目指して走っているようであった。瓦礫の山や地割れの無い場所を選ぶのではなく、むしろそれらの障害を突破しながら進んでいる。山のような体躯を持つ大男と、それと対照的に一見か弱く可憐な乙女が恐るべき怪力を発揮して瓦礫をどける。地割れがあれば今度は長い髭をたくわえて和服を着た仙人と、まだ子どものような小さな身体でありながら博士風にだぼついた白衣を身に纏っている少年が素早く知恵を回して指示を出し、縄を使ったり急場の橋をつくったりして何とか乗り越える。


 彼らは無謀にも大自然に抗っていた。それを無謀と言い切れないのはやはりその先頭に細波がいるからなのだろう。


 私は期待に胸を膨らませているわけではなく、反対に絶望に打ちひしがれているわけでもなかった。どちらかに寄るべき感情というのをそもそも失っているらしい。彼らがどういう結末を迎えることになろうが関係ない。それでも、彼らの行く末を見届けなければならないと思った。彼らはまさに私のいるこの場所に向かっているようだったから。

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