第77話 急激な変化こそ突然に

 リコがときどき不自然にうろたえてしまうことについては書いた通りであるが、最近はこれの他にもいくつか要領を得ない言動や質問をしてくるようになった。例えば急に「リコのせいでこんなところに閉じ込めてしまうことになってごめんなさい」と、か細い声で謝ってくる。私としてはそんな気は無いし、どちらかと言うと私の方が世話になっている気もするので気の利いた返事が出来ずに困ってしまう。あるいはこれもまた急に「愛する人と大切な人たちのどちらを優先するべきなのでしょう」と、尋ねられる。そんな複雑な二択にこれという答えを提示することも出来ない。ただ、リコの抱えている問題がそういう類の、少女に選ばせるには酷すぎるものであることがわかり、役に立つことが出来ない自分を呪った。


 そうやってかなりの時間をリコと一緒に過ごしている内に私はいつしか、自分は記憶を失う前もリコのことを知っていたのではないか、と思うようになった。それも今やっているように世話をかけたり、反対にかけられたりするような関係であったのではないだろうか。なんの根拠も脈絡もない考えではあるが、不思議と納得できる気がした。しかしそんな思いが強くなるにつれてある種の物足りなさのような寂しさも感じるようになっていた。


「ソラさん……。ソラさんはリコと一緒にいて楽しいですか?」


 藪から棒に尋ねられて思考が途切れる。今度もどうしてそんなことを尋ねるのかはわからなかったが、リコにとっては何かしらの意味がある質問であるのだろう。


「うん、楽しいよ。いつも世話になってる。むしろリコの方に迷惑がかかっていないか心配しているくらいだ」

「リコの方はもちろん……楽しいです。夢、みたいです。だけど……」


 うつむくリコの様子はいつもと少し違う風であった。泣きそうなくらい震えてはいるが何か信念めいた真っすぐ芯の入っている声を出し、重大な決意をしたような目をこちらに合わせて来るので、驚いてもう少しで私の方が目を逸らしてしまうところである。


「だけど、このままじゃいけないんです」

「いけない?」

「そうです。ソラさんはこのままリコと一緒にいては……だめ…………」


 言葉を詰まらせるリコを心配して思わずそばに駆け寄る。しかし相変わらず私に出来ることは嫌になるほど少なく、苛立つ。どうしてリコに触ることは許されないのか。背中をさすってやることも、手を握ってやることも、頭をなでてやることも、抱きしめて安心させてやることも、何もかも出来ない。私の心はもはや限界を迎えていた。


 出来ないのはあくまでリコ本人から言われていることにすぎない。目の前で泣きじゃくっているのに対して何もしない方が良いなんて詭弁に過ぎない。無理やりにでもその手を取って、その身体を抱きしめて安心させてやりたい——。


 そんな考えを巡らせたとき、私は思わず自分の目を疑った。リコは懸命に一つ深呼吸をすると、私に触れられるのを避けるどころか、むしろその手をリコの方から私に差し出したのである。


「……手……握ってください。気をしっかり持って。今度は、大丈夫だから……」

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