六月十九日

第46話 タヌキが見るは夢かうつつか

  ◆

 「……足りない」カーテンのすき間から差し込む朝日に起こされながら、寝ぼけた頭で私はそう呟いた。まったくもって知らないことが多すぎるのだ。特に多摩タヌキについてもオニについても、私は断片的にしか理解できていない。よくわからないものをこれからどう扱うのかについていくら考えてもキリがない。


 一晩おいてみたら悩みがすんなり解決する。そんなことは往々にしてよくあることだが、今回も多分に漏れずそうであったみたいで大いに助かった。「これからどうする?」という細波の問いには「多摩タヌキについてもっと良く調べる」と、こう答えれば良かったのだ。


 割り切ってしまえば楽なもので、胸に清々しい風が抜けるようだった。実際、リコたちを待つ間に窓を開けておいたから何度かそよそよと吹き込む風があった。ほどなくして、本格的に暑くなる前にポコがリコを引き連れる形でやってきた。


「よう、来たぞ」

「キュウ!」


 二匹は威勢の良い声を聞いてこちらも一気に目が覚める。リコの様子は昨日に見た「彼女」とは似ても似つかないものであった。もちろん話すこともなければ、私の名前を呼ぶこともなかった。「キュウ!」といつものように鳴くだけである。


「……リコ、お前本当は話せるくせに、話せないフリをしているなんてことはないよな?」

「キュウ?」


 リコは私が何を言っているのかわからないという風に首を傾げた。ポコの方もまったく同じ動きをして、それから「何を言ってんだ?」と素っとん狂な声を出した。


「昨日、喋るリコと会ったんだ。だから——」


 私が言い終わらないうちに、ポコは「ああ」と手を叩いて納得してしまったようで、そのまま食い気味に口を挟んだ。


「そりゃ夢だな。オイラも昨日同じ夢を見たよ。奇遇だな」

「夢だって?」

「うんそうだ。昨日はずいぶん昼寝をしちまったもんだから上手く寝付けなくてさ。ようやくうとうとしだしたくらいにリコが突然立ち上がってどこかへ行こうとしたんだよ。オイラ『どこへ行くんだ』って聞いてみたら、『オウミのところへ』って言って、そのまま行っちゃったんだ。でもリコがそんな風に喋れるわけもないだろ? だからきっと夢だったのさ」


 リコに似た「彼女」が夢だとするなら、細波が現れたのもまた夢の中のことなのだろうか。いや、どう考えてもおかしい。悩んだことや話したことを私ははっきりと覚えているし、第一そんなに寝ぼけるほど夜が更けていたわけでもない。せいぜい日付が変わるかどうかといったくらいだったはずだ。つじつまが合わない。釈然としない。腑に落ちない。


「キュウキュウ!」


 リコはしかしこうやって鳴くばかりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る