第47話 隠れた園は見えないところに

 たいていの物事は優先順位というものを決めた方が上手く運ぶものだ。厄介な問題と比較的どうにかなりそうな問題のどちらから手をつけるかあらかじめ決めておくことによって、今このときに自分がするべきことを明確にすることができる。


 私が今、このときに優先するべきは、「彼女」ではなくリコ自身のことであり、多摩タヌキのことを調べることである。「彼女」のことは一旦置いておかないと話は停滞するばかりだ。それに、「彼女」の風貌がリコに似ている以上、リコのことを調べて行けばいずれは「彼女」に辿り着くのかもしれない。


「マア夢の話をいつまで続けていてもしかたがない。それよりニクウ。今日も一日オイラたちに付き合っちゃくれねえか?」


 出し抜けにポコがそう言った。「ほら、タンイってやつに怒られるなら構わないんだけどさ」と、どうやら少しズレた心配をしてくれているようだった。


 正直一度や二度講義をサボったところで単位を取りこぼすことはないし、卒業が危ぶまれるなんてことはもっとありえない。それよりもポコの誘いを断ることの方が痛手だろう。


 私はポコの提案を快諾し、私たちはまた藪の中へと入っていくこととなった。


「今度はどこに連れて行かれるんだ」


 もはや慣れっこになってしまった林道を、木枝をかき分けながら私は尋ねた。


「見りゃあわかる。心配すんな、悪いところじゃねえよ」


 ポコはそれだけ言って、ずんずんと奥へ進んで行く。相変わらずリコがべったりくっついてくるのでやたらと歩きにくく、ポコの少し後ろをついて行くしかなかった。しばらく経って木々の影が短くなってきた頃に、それまでずっと背を向けていたポコが振り返った。「着いたぜ、ここだ」そう言われる前に、既に私はこの場所こそが目的地であるのだと確信していた。


 不自然に開けた場所だった。雲ひとつない蒼空を突き刺さんばかりに高く、高くそこにそびえ立つ大木は、あらゆる時の流れを凝縮してその身にたっぷりとため込んでいるようであった。両手を目いっぱいに広げてみても測り知れないほどごく太い幹には、私の背丈ほどの太さがあるしめ縄がぐるりと巻き付けられていた。


「いいか、ニクウ」


 すっかり見惚れていた私の後ろから、ポコの声がかかった。私がそれに振り返ると、リコがなにか不安そうな顔をして、ポコの横に立っていた。

 大木のほかには木々はない。草原の草花をゆらめかせる風も吹いていないようだ。

 ただ、それを補って余りあるほどの異様な静けさがここにはあった。

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