第44話 実在は実に曖昧

「これからどうするんだ?」


 しばらくの間お互いに黙りこくっていたのだが、細波がふいにまた同じことを尋ねた。私がそれに答えることができないでいると、細波は「よし」と言って立ち上がった。私もそれに続いた。もう一度サウナに行くのだと思った。最低二回はサウナに入った方が気持ち良い。これもまた細波が以前言っていたことだった。


 これからどうするのか。私は灼熱のサウナ室、極寒の水風呂、涅槃のベンチの上で必死に考えた。冴えた頭の中はそれだけでいっぱいになっていた。しかし考えても考えても一向にこれといった結論は出てこなかった。私の決意は固まったはずなのに。ドクター・ニコルに協力し、細波と『ボス』の癒着を阻止する。それは揺るぎない決意なのだ。私はリコを『ボス』に利用されたくない。


 しかし細波は「全部知ってる」と言った。そしてその上で「これからどうする」と尋ねてきたのだ。『ボス』の目論見を阻止して、それからは? 


「まあ、ゆっくり考えればいいさ」


 細波は何でもないかのようにのんきにケラケラと笑ってそう言った。「ゆっくり考えて、納得できる答えが見つかったらまた俺を呼んでくれればそれで良い」


 私はうつむいたままその言葉を聞いていた。懸命に思考を巡らせていた。多摩タヌキを巡る争い。『ボス』を食い止めることはそれの根本的な解決になっていない。これからどうする? その答えを渇望しているのは、実は私の方だったのだ。


「しかし忘れないでくれよ。俺が聞いているのはあくまで、お前がどうするのかってことなんだ。これからどうなるか、じゃあない。これからどうするか、だ。そして何をするにしても、俺はお前に協力するつもりだ」


 気がついたときにはもう、そこに細波の姿はなかった。充満する湯気と一緒になってどこかへ霧散してしまったかのように、音もなく消えてしまった。更衣室にも、待ち合いの腰掛にも。やはりどこにもいなかった。


 細波という存在そのものが泡沫のものであったかのような、か細い不安を覚えた。温泉で洗われた頭でいくら考えてみても答えは出なかった。細波のことも。これからどうするかも。


 しかしただ一つだけわかることがある。細波は私に協力してくれると言った。細波と『ボス』が如何な関係性であったとしても、私の一言で簡単にその関係を解消することができるのだ。


 多摩タヌキを巡る争いにおいて、ドクター・ニコルが優位に立ったことは明白である。

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