第39話 信頼されるにはまず過去話から
「それじゃあ単刀直入に言わせてもらうね。近江クン、キミにはボクたちと手を組んでもらいたいんだ」ドクター・ニコルは事もなげにそう言った。
「手を組む?」
「そう。もう少し具体的に言うと、その多摩タヌキを『ボス』にだけは渡さないように、この三人で守らないか、という提案なのさ」
これには少し肩透かしを食らったような心持になった。てっきり、「多摩タヌキを渡せ」とか「研究に協力しろ」と言われるものだとばかり思っていたからだ。最悪リコがこの場で太郎坊にくびり殺されて鍋にされてしまうかもしれないとまで考えていただけに、それに比べてあまりに平和的な提案をうっかりすると何も考えずに承諾してしまうところであった。
「……どうして私にそんな提案をする?」
真意を探るべくして尋ねたその問いに対し、ドクター・ニコルは少し考えてから「あまりこれは言いたくなかったけれど……」と前置きをしてから言った。
「細波クンが厄介なのさ。好き勝手動かれるのはあまりおもしろいものじゃないけれど、ロクに動向すらつかめないものだからまずキミと話をしに来たってわけなんだ」
なるほど、つまりあるとき急に話しかけて来た女の子の狙っている相手が自分ではなく友人であったようなものか。ドクター・ニコルはこちらの顔色を窺いながら、苦い顔をしていた。
ドクター・ニコルは私の反応を注意深く観察しながら、何から話すべきか思案しているようであった。私は彼の持ちだした提案に前向きな返答をし、私たちは手を組むことになった。もちろん私が完全にドクター・ニコルと太郎坊を信用したわけでは無いが、もう少し踏み込んで話をしても良いだろうと、そう判断した。
「私は何をすれば良い」
いつまでも話を始めないドクター・ニコルにやきもきしてそう尋ねた。どうにも沈黙というのは苦手なのだが、しかし感情的に手玉に取られている感じがするのは否めない。ドクター・ニコルがにやりと口角を上げた。
「さっきも言ったけれど」ドクター・ニコルがリコを指さす。「そこの多摩タヌキを『ボス』の良いように使われないようにしてもらうのが第一だ。細波クンとキミは『ボス』に与しているんだろう? まあ、だから、『ボス』を裏切るように細波クンに提案してもらうというのが良いのかな」
「どうして私ならそれができると?」
「どうしてかって? そりゃあキミと彼が旧知の仲、歴戦の友。無二の親友にして盟友だからだよ!」ドクター・ニコルが間髪入れずに答える。「違うのか……?」と、太郎坊が顔に不安を浮かべた。
なるほど太郎坊めなにか話したな。それならばドクター・ニコルが私と細波の間にある奇妙な腐れ縁について知っているのもおかしくはない。しかしもう一つ確認しておかなければならないことがある。ドクター・ニコルはなぜ「ボス」を目の敵にしているのだろうか。なぜ「ボス」の邪魔をしようとするのか——。
「ボクがなぜ『ボス』という男を憎むのか。それが聞きたいのかい?」
まるで私の心の中を読んだように、ドクター・ニコルはぴたりとそれを言い当ててみせた。うっかり思っていることをそのまま口に出してしまったのかと疑ってしまうほど鮮やかに。
「そんなに驚かなくてもいいさ。キミは頭が良いからそういうことに疑問を抱くだろうし、そしてキミは素直だから見破るのはそう難しいことじゃないというだけのことだからね」
これを聞いて私ははじめてドクター・ニコルに対する微かな恐怖を抱いた。心の底の底まで見透かされ、自分でも気づかない自分を見られているような感覚。下手をするとその無意識を乗っ取られ、操られてしまうかもしれないという恐怖である。
「……そうだね。キミに信頼されたいというのに隠し事があるのも変な話だ」
ドクター・ニコルはそこまで言って、大ぶりの白衣をぴんと着直した。白衣の純白が少しくすんで見えた。
「近江クンと、良い機会だし太郎坊クンにも話すよ。ボクと『ボス』の間にある因縁ってやつをさ」
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