第38話 Dr. ニコルは上目をつかう
「小難しい交渉は苦手でね、——早速だけど本題に入らせてもらっても良いかな?」
顔だけは愛想を良くしたまま、少年はそう切り出した。正直、一体何を企んでいるのか知れたものではない。簡単に話を聞き始めて、相手のペースに乗せられるのはまっぴらだ。——と、細波なら考えるだろうな。
「一つ確認させろ。ええと、太郎坊さんは良いとして……。お前が昨日『ボス』に対抗するために仕向けていた手下どもはこの近くにいるのか」
「手下だなんてとんでもない! 研究者仲間たちだよ。もっとも、今この近くにはいないから心配しなくても良い。嘘はついてないよ? 嘘をついていたことが知れたらボクは全く信用されなくなってしまうからね。それは望むところじゃないのさ。ま、仲良くしようよ」
「わかった。とりあえずそれに関しては信じよう」
「そうしてくれると助かるよ。ああそれと、ボクはニコルだよ」
「ニコル?」
「ドクター・ニコル、ボクの名前さ。『お前』だなんてあんまりな呼ばれ方しないでおくれよ」
ちゃんと名前を呼んで欲しいという主張を支持するためだろう。太郎坊は「うむ!」と力強く頷いた。ドクター・ニコルは不意をつかれて少し驚き、そして私の方をちらと見て照れくさそうにはにかんだ。
「少し驚いちゃったね。太郎坊クンとはまだ付き合いが浅いから仕方ない。近江クンも彼とはそんなに親しいわけじゃないだろう?」
「親しいどころか私のことを張り飛ばした相手だ」
私が冗談交じりにそう言うと、ドクター・ニコルは腹の底から笑っているようだった。それを見て太郎坊はバツの悪そうな顔をしている。場の緊張がどんどん和らいでいくのを感じた。
それに伴って私の警戒心もだんだんとほだされていっているような気がした。ドクター・ニコルなどというヘンテコな名前を素直に受け入れられたし、何よりどうやって関わらずにお引き取り願うかということよりも「話し合い」の内容がどのようなものなのか気になってしまっているのが良い証拠だ。私がそれでそわそわしていたのがわかったのだろう。ドクター・ニコルはすかさず、あらたまった様子でもう一度言った。
「本題に入っても良いかな?」
「聞くだけ聞いても良い。どうせロクなことじゃないだろうがな」
私にできるせめてもの抵抗は、こんな憎まれ口をきくことだけであった。もちろんこんなものは焼け石に水を打つようなもので、話や場の流れを変えるようなものには到底なり得ない。
ドクター・ニコルがうやうやしく頷いた。
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