第34話 ”先生”は毅然と、悠然と。

「さて、ことの重大さをリコが理解できたところで……。ニクウお前にはリコに人間の言葉を教えてやってもらいたい」ポコはまた重大なことであるかのように、咳払いしてからそう言った。さっきと違うのは、私にとって驚くような内容であることである。


「教えてもらいたいということは。ええと、教えてやればリコは喋れるようになるのか!」

「当たり前だろ。オイラが喋れてリコに出来ない道理がどこにあるってぇんだい」

「ううむ。しかしそれならお前が教えてやれば良いじゃないか」

「うん。その疑問はもっともなんだがな……」ポコはそう言ってリコの膝をぽんと叩いた。


「この面倒くさがりは、いつまで経っても覚えようって気を起こさねえんだよ。まあ、新しく言葉を覚えるってえのは骨の折れることだがな。オイラにしても、やる気のねえやつにいくら熱心に教えてみたって暖簾に腕押し、糠に釘。まるで手ごたえってもんがありゃしないだろ」

「それなら、私にしたって同じじゃないか。リコにやる気が無いなら……」

「いやいやいやいや。それがな、お前と話すためってえならリコにもやる気が出て来るってえことなんだよ。ましてお前に教えてもらえるならなおさらだ。な、な。良いだろ。ニクウにだって悪い話じゃ無いハズだぜ」

「私にとっても、というのはどういうことだ?」

「……いや、まあそれは今話すようなことじゃねえや。とにかくだ。引き受けてくれねえかな? ほらリコ! お前からも頼め頼め!」

「キュキュウ……」リコは言われるがままに小さく頭を下げた。


「わかった、わかったから顔を上げてくれ。どうにも下手に来られるとかなわん」


 こうしてリコの教師役を務めることになったのだが、何事もことを言うのは易く、為すのは難いものである。


 私の引き受けたことも多分に漏れずそういった類のものであるらしい。言葉を教えると言ってもまず何からはじめたら良いのか皆目見当もつかない。


 ポコとリコはいそいそと私の正面に座り、一瞬のうちに教授する役に仕立て上げられた私の第一声を、今か今かと待ちわびている。リコなどは期待を不安の入り混じった、まさにぴかぴかの一年生がするような目をしている。人生のどの点においても、一年生というのはやはり特別で、皆一様に同じ目をする。大学生になっても、あるいはこれから何を始めるにしても。


私は大変なことを安請け合いしてしまったものだと、早くも後悔し始めていた。

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