第33話 顔は口ほどにものを言う

 すっかり綺麗に洗われたポコの毛をわしわしとタオルで拭いてやり、リコにはタオルを手渡して自分で拭くように言いつけた。


「良いか、身震いだけはするなよ。水が飛び散るからな」


 私がそう言うとリコはこくこくと頷き、もらったタオルで身体を拭いた。しかし獣の習性だろうか、身体を拭いたリコは身を震わせてしまい、短い髪に付いた雫が部屋の中に飛び散った。


「なんだか気持ちよくねえなあ。こういうのなんて言うんだっけ? ザワザワ……ゾワゾワ……。あ、ゴワゴワだ! どうにもこりゃゴワゴワするなあ!」


 ポコが生意気な口をきくので少し懲らしめてやろうと思い、拭いてやる手に少し力を込めた。しかしそんなことには気づきもせずに、拭き終わると随分と満足そうに背中を伸ばした。


「ホラ、少し硬いかもしれないがこれでも食べると良い」


 私は常備しているクロワッサンを三つ、紙皿の上に乗せて振舞った。クロワッサンの入っていた袋は空になってしまったのでゴミ箱へ捨てて、ついでに水を紙コップに入れて持ってくる。


「ああ。すまねえが紙コップじゃなくて、もう少し平べったい器はねえかな」


 ポコがそう言うのも無理はないと思い、しかしそんな気の利いた器など無かったので、仕方なくフライパンに水を入れてやった。リコの方は何の問題もなさそうに、こくこくと紙コップから水を飲んでいた。その姿だけ見るとやはり人間そのものである。私は少し硬くなったクロワッサンを一口かじった。


「さてニクウ、水浴びさせてもらった上にこうして朝飯まで振舞ってもらったところで申し訳ねえが、本題に入らせてもらっても良いか」


 水を一口もらって一息ついたところで、ポコは神妙な面持ちで切り出した。それを聞いて私の方には少しばかり緊張が走ったものだが、リコの方はというと途端に怪訝な表情になった。


「キュウ!」短いながらもその鳴き声からは不満がありありと感じ取れる。「また小難しい話をするの? 意味わかんないし退屈だし、イヤなんだけど!」と、こんな具合のことを考えているのだろう。


「リコ」ポコがなだめるように名前を呼ぶ。「これはな、とても大切なことなんだ。ともすればお前の将来に関わる。あやふやにしてちゃいけないことだ」


 将来。その言葉にはどうしてか不必要なほど敏感に反応してしまう。


「キュウ?」リコの方もそれを聞いて興味を持ったらしく、クロワッサンを頬張りながらも、姿勢が少し前のめりになった。固唾をがぶりと飲む音が響く。


「リコ。良いか。ニクウはな……こいつは……オイラたちの言葉を理解してねえんだ……!」


「…………」


「…………それが?」


「あら、全然反応しねえでやんの」


 私もリコもまるで反応を示さないので、ポコは思い切って言ってやったのに、と不満げな声を漏らした。なんだか申し訳ない気持ちにもなるが、しかし私にとってリコたちの言葉(タヌキ語?)などわからなくて当然のだから改めて言われても驚きなどできはしない。


 リコの方はというと何だかよくわからないぞ、というような顔で首を傾げている。うすうす感づいてはいたけれど、どうやらリコはポコに比べて少しばかり阿呆であるらしい。


「あ、リコ! お前、ことの重大さがわかってねえな?」


 ポコもそのことに気がつくと、すかさずリコの方へ駆け寄ってなにやらギュウギュウ鳴きはじめた。身振りや顔つきから察するに、詳しい説明をしてやっているのだろう。どうしてか私にその内容を知られたくないみたいだけれど。


 ポコの説明を聞いているときのリコの顔は、少しばかり愉快なものであった。はじめはケロッとしていたのが少し青ざめ、もう少しすると急に赤みが差し、その赤みというのも初めは薄いピンクであったのが段々と色濃くなって真紅に近くなっていった。また、表情もそれに合わせて豊かに変化しているようであった。

 やがてポコが一息つく頃になると、リコの顔は赤いのと青いのが混ざっているような不思議な色合いになっていた。

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