第32話 毛玉はずぶ濡れがお嫌いです

  ◆

 リコとポコは私の家に着くなり、手も足も洗わずに中へすっ飛んで入って行きくつろごうとした。どちらも裸足で外を歩き回っていたのでさすがにたまらず、シャワーを浴びて泥を落としてから中に入るようにと言いつけた。


「水は苦手なんだけどな……」


 ポコはぶつくさと文句を言っていたが、それでも家主の言うことならばと、一応は聞き入れてくれたので助かった。しかし、ポコの持つ肉球ではシャワーの蛇口を捻ることができず、リコはそもそもシャワーというものがどういったものであるのかということすらわかっていないようであったので、必然私がこの両者に水浴びをさせてやるという形になる。


「いや、それはまずいだろう」


 思わず頭を抱えてしまった。そう、リコは言葉こそ扱えないものの、見た目は立派に、かわいらしい女の子なのである。


「キュウ!」


リコが、纏っている紫紺の着物を急に脱ぎ出したので私は思わず目を逸らした。顔が熱っぽく、鼓動が早まるのを感じる。これではとても冷静な思考など出来ない。


「? なにしてんだ。はやくそのしゃわあっていうのをやってくれよ」

「キュウキュウ!」


 私の恥じらいなどつゆ知らず、はやくしろはやくしろとはやし立てるので、私の著しく低下した判断能力は、身体を洗ってやるくらいならばまあ問題ないだろう、と結論づけた。


「わかった。こっちだ」


 私はそう言って、備え付けのユニット・バスの方へ案内した。案内したというよりは、リコとポコを抱え上げてそこまで運んだ。これ以上部屋を汚されてはかなわん。

 先に身体の小さいポコを洗ってしまうことにして、リコにはその場で待機しているように三回ほど念を押してから、シャワーカーテンを閉める。


「あんまり沢山かけるのは勘弁してくれないか……?」

「うるさい」

「ほべべべべぶぶぶばばばばあば!」


 ポコの懇願など意に介さず、私は容赦なく大量の水を浴びせかけた。そんなちっぽけな嫌悪感よりも我が家の清潔の方がまったく重要なのである。


 毛皮が濡れて、すっかり痩せてしまったポコをタオルの上に放り出し、次にリコをユニット・バスの中へ招き入れた。


「よし、背中を向けろ」

「キュウ!」


 言われた通り素直に背中を向けるリコ。本当に、見れば見るほど普通の人間となんら遜色ない。思いの外白く透き通って艶のある肌の他には耳と尻尾があるばかりで、余計な体毛の一本も生えていない。


 もしかすると、人間とリコの間にある差ほどは、私とリコの間に溝は無いのかもしれないと、そう思った。人間のような形の上に、角があるばかりであるのが私や花江先輩なのだ。


「キュキュキュキュキュ!」


 背中に水を浴びせてやると、リコは気持ちよさそうにはしゃいでいた。そんな無垢な姿を見て、邪な考えを少しでも持ってしまった自分のことが、精神的にひどく恥ずかしく思った。

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