第28話 ステキな風景はいつでもそこに

  ◆

「キュウ……」

「リコ、大丈夫か? まったくあの馬鹿力、自分の力強さってもんがわかってねえんだよな!」


 頬を腫らしながらとぼとぼと歩くリコを励ましつつ、ポコはふんすと鼻を鳴らした。

 リコの頬が腫れているのは、花江先輩が帰り際にリコの頬をつねって起こしたせいであるが、なぜそんなことをしたのか理由を尋ねたところ、「なんだか癪に障るからよぉ」とのことである。

 この世の不条理に打ちひしがれているリコの後ろを歩きながら、私は花江先輩の言葉を思い出していた。「そんなだからその娘も喋れないのよ」花江先輩は確かにリコを指さしてそう言った。


 言われて考えてみれば、喋れない方がむしろどうかしているのではないか。タヌキですら喋れるやつがいるのに、どうしてリコは喋れないのだろう。そんなことを一人考え込みながらふと空を見上げると、雲が無いせいかいつもより星が明るく見えた。


 見惚れてついたちどまっているとそのうち、「なにしてんだ?」と、ポコが脛をぽこぽこ叩いてきた。私が星を見ているのだとわかると、ポコは誇らしげに胸を張った。


「えへん。多摩の星は綺麗だろ。でもこんな道中より、もっとたくさん、もっときれいに見える場所があるぜ」

「そうなのか?」


 私が良い反応をしたので気分が良いのだろう。ポコはゆっくりと何度も頷きながら、「近くだし、良かったらこのまま行ってみるか?」と尋ねた。


「そうだな。案内してくれるか」

「キュン!」


 私が答えるやいなや、リコは尻尾を忙しなく動かしながら私の手を引いて足早に歩き出した。心底嬉しそうに、鼻歌まで歌っている。


「良かったな、ニクウ」器用に塀をよじ登ったポコが歩きながら言うので、「何のことだ?」と尋ねた。

「今から行く場所はリコのとっておきのお気に入りなんだぞ。嬉しいだろ」

「そりゃ悪い気はしないが、どちらかというとリコの方が上機嫌に見えるぞ」

「まあどっちでもいいさ。リコが誰かをあそこに招待するなんて、オイラを除けば他に無いくらいのことなんだからな!」


 ポコはそう言ってつんとそっぽを向くと、そのまま雑木林の暗がりへと入っていった。周りの明かりだってもう心もとないというのに、そんなけもの道を通らないといけないのか——。


 私の心配などつゆ知らず。リコは相変わらず私の手を引いて、揚々と道なき道を進んで行った。前も後ろもわからなくなる中で、掌に感じる温もりがより一層暖かく感じられた。


「今日はお月さんが綺麗だなあ!」


 私たちの前を進んでいると思われるポコが興奮気味にそう言うが、高々とそびえ立つ木々をかき分けながら進んでいるとその綺麗な月さえ見ることはできない。

ようやく開けたところに出たかと思うとそこには、多摩の——私の知らない多摩の一面とも言うべき神秘的な風景が広がっているのであった。

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