第27話 平和ボケした密談、かくありき
「結婚しようとしてるのはサクラノコウジくんのためなの」
花江先輩がそう言うやいなや、その直前に「好きじゃない」と言われてショックを受けたのだろうか——リコが、があんと音を立てるように崩れ落ちた。それを見て花江先輩が、「あ……えっと。き、嫌いでもないけどね」とフォローすると、リコはほっと胸をなでおろした。
「じゃあ気を取り直して……」花江先輩が小さく咳払いをして言った。
「『ボス』のためにリコと結婚しようとしていたっていうことですね」
「そうそう。私と彼は腐れ縁でね、小さい頃からずうっと一緒だったの」
「すみません、その話って長くなりそうですか?」
私は今にも落ちそうなリコの
「寝かせといてもいいわよ。それに、そんなに長くならないから」と、花江先輩が言うので私はリコと、ついでにポコの背中も撫でてやって寝かしつけながら花江先輩の話に耳を傾けた。
「えっと、どこまで話したかな。そうだ、彼とはもう長い付き合いになるのよ。で、見ての通りあたしも……近江くんもいわゆる『鬼』なわけだけど、近江くんは小さい頃自分の感情の昂ぶりを抑えられなかったこと無かった? 大したわけもなくイライラしたり、ちょっとしたことでふさぎ込んだり」
「かんしゃく、ですか」
思い当たる節はいくつもある。それは幼い頃の苦い思い出として、私の記憶の片隅にこびりついて離れないものだ。
「周りから見たらそうね。実はあれ、鬼特有のものなのよ。本来鬼の持つ狂暴さは、人間と交じり合って世代を重ねるごとに薄まっていってそういう形に収まったの。と言っても、普通なら感情の未熟な幼少期以外はコントロールできない代物じゃないんだけどね。」
花江先輩は何かに気がついたように少し考え込み、「近江くんの角は最近になって出てきたのよね?」と尋ねた。
「そうですけど、もしかして角を取ることが出来たりは……」
「それは無理。指一本切るか切らないかだったら切らないでしょう? 角は私たちの身体の一部なのよ」
「そうですか……」私は落胆と共に肩を落とした。
「ま、それは置いときましょう。あたしの話にはあんまり関係ないし」
私は不承不承に頷いた。少し胸が熱くなったので、リコを撫でまわしてやると、「ムキュ……」と、気持ちよさそうに寝息を立てたので少し和んだ。
「あたしも鬼の端くれだから、小さい頃はやんちゃばっかしてたわけよ。それこそサクラノコウジくんなんて何度小突いてやったかわからないわ」
私は粗暴な花江先輩を想像してみた。元々のイメージとかけ離れたその姿は、むしろかけ離れているからだろうか、想像に難くなかったので意外である。
「そんなことしてたから、大体の人はあたしを腫れ物扱いしてくるようになっちゃったのよ。ボーリョク女とか大魔王とか悪童神とか。影ではそりゃ散々な言われようだったわ。親だってあたしには手が付けられないみたいだったし」
「でも『ボス』だけは違ったと?」
「察しが良いわね、近江くん。そう、正にその通り。それどころかあのバカ、ある日あたしにね、『キミは美しい。たくましくも儚い美しさを教えてくれたキミはどうして涙を流しているんだい』って言ってきたのよ。それでね、あたし単純だけど結構救われたんだ。あたしなんかを心配してくれる人はそれまでいなかったから。そのときは恥ずかしくてつい突き飛ばしちゃったんだけど、結局何をしてもサクラノコウジくんはあたしのそばに居続けてくれたの」
少しの沈黙が訪れる。私の方も段々と事態が呑み込めてきた。
「つまり、花江先輩は『ボス』に恩義を感じているから、『ボス』の望みを叶えてやりたい。その望みが多摩タヌキの伝説によって叶うなら、喜んでそれに協力するということか」
私がそう言うと、花江先輩は大きくため息をついた。
「花江さん、ね。そこが難しいところなのよ。あたしはサクラノコウジくんに望みを叶えて欲しくはないの。でも彼の手伝いはしてあげたいのよ」
「ううん……さっぱりわからない!」私は頭を抱え込んだ。
「近江くん、彼の望みが何か知ってる? ——百合よ」
「ユリ?」
「そう。女の子同士が仲良く、友だち以上に親密な関係になることよ。サクラノコウジくんは百合が大好きだから、多摩を百合の楽園にして、自分はそれを堪能しようとしているの」
私は訳が分からず一瞬固まってしまった。厳かな書物に書かれた伝説。多摩存亡の危機。マッドサイエンティスト。そんな殺伐とした出来事の後で、なんとまあしょうもない望みがあったものだ。
いや、しかしそういえば、多摩を救うという大義の下に、ただタヌキ鍋が食べたいだけの大男もいたな。
「……あれ、いやでもそれでどうして花江先輩は協力したくないんですか? そんな光景はとても信じられないですけど、要は今男女でしているようなことが女の子同士で行われるだけですよね」
「……近江くんって肝心なところはニブいのね」
花江先輩は呆れたように、さっきよりも大きくため息をついて、リコの方をちらと見た。
「そんなだからその娘も喋れないのよ」
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