第29話 黄金水はタヌキを酔わせる
「どうだ、すげえだろ」
そう言ってポコが自慢げに胸を張るのも無理はない。木々の間にぽっかりと開いた草原に、野菊やタンポポ、リンドウやシロツメクサなど四季折々の草花が色鮮やかに咲き乱れるのを月明かりが照らすその様は、まるで天上に迷い込んでしまったかのように美しいものであった。
私が口をぽっかりと開けて言葉を失っていると、リコが楽しそうにぴょこぴょこ跳ねながら、おいでおいでと手招きをした。それにつられて何が何やらわからないままに草原の真ん中の方へと進んで行く。空を見上げると、先ほどまで見ていた星空とはまるで違う、黒色のキャンバスに輝く金銀が散りばめられたような光景が広がっていた。これが銀河である、と、誇張なしに言える。それほどまでに私の心は奪われた。
人は宇宙へ飛ばなくても銀河を感じとれる。
「なにボケッと突っ立ってるんだよ。ホレこうだ、こう!」
ちょんと私の足をつつき、私が視線を下に落とすとポコはそのままごろんと仰向けに寝そべった。確かにそれなら長いこと空を見ていても首が疲れないし、何より立ったままでいるより気持ちよさそうだ。私がポコの隣で同じく仰向けに寝転がると、その辺を走り回っていたリコがすぐさま駆け寄ってきて、私の隣で足を伸ばして座った。
「どうだ、気に入ったか」仰向けのままポコが尋ねた。
「驚いた。まさか東京でこんなに綺麗な星空が見られるとは」私も仰向けのまま答える。
「キュ! キュウ!」リコが何やら訴えかけるように、しきりにその手を挙げた。
「ああ。ありがとう、リコ」
私少しリコの方に顔を向けてそう言うと、リコは急にしおらしくなって顔を俯かせた。そんな姿を見てそういえば何か聞いてみたいことがあったことを思い出したのだが、あまりに大自然的な風景に圧倒され、ずくずくと激しく脈打つ鼓動のせいでしばらくはまともに思考することも難しそうである。
私はしばらくの間そのまま、地球から見える宇宙を眺めていた。その間中、ポコはしきりに私に話しかけていた。私は話の内容もロクに聞かずに「なるほど」とか「そうか」とか適当な返事をしていたのだけれどポコはそれでも満足なようで、ついに口を閉じることは無かったのだから驚きだ。
お喋りタヌキはここに極まれり。反対に、リコはほとんど鳴くこともなく、寝そべったり起き上がったり、かと思ったら立ち上がったりまた座ったりと、とにかく忙しなく動き続けていた。
「なあ、オイ。二空よ。飲もうや」
私が落ち着いてきたところでポコがこんなことを言い出した。身体を起こしてよくよく見てみると、その手にはどこから持ってきたのか、瓢箪らしきものが握られている。まさかその瓢箪を飲もうと言うのではあるまい。
「酒は無理だぞ」
「なんだ、下戸かよ」
「法律で禁止されてるんだ」
「ふうん、ホウリツってのは色々と面倒なもんなんだな。いやしかしだな、コレにアルコールは一切入ってないんだ。ま、そのあまりの美味さ故に気分も良くなる金色の水ってところだわな。酒は無理ってえことは、酒じゃなければ良いってことだろ?」
ポコはそう言うと、私とリコに瓢箪を一つずつ渡した。確かにアルコール特有のつんとくる匂いはしない。そうであるならばまんざらでもないと、私は瓢箪を前に掲げた。
「なにしてんだ?」ポコとリコがそれを見て首を傾げる。
「ああいや、こういうときは乾杯をするものかと」
「それってどうすれば良いんだ?」
「瓢箪を軽く当て合って、そのままそれぞれ中身を一口飲むんだよ」
「へえ、なんか楽しそうだな! やろうやろう!」
「それじゃ合図を出すぞ。せえ……の、カンパイ!」
私の合図に合わせて、リコと私とポコはそれぞれの瓢箪を当て、ぽこんと気持ちの良い音が響いた。
満天の星空の下で涼風が優しく頬をなでる中、こうして私はタヌキと初めての晩酌を交わすことになった。
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