第24話 腹が減っては始まらぬ
「チュウ」の店先に着くと豆タヌキがぽつんと一匹、寂しそうに座っていた。
空腹で足元のおぼつかない私たちが来たのに気がつくと、豆タヌキは一瞬だけ目を輝かせたようだったが、首をぶるぶると横に振ってから「やい、随分と遅かったじゃねえか」と、むくれて言った。
「それよりもどうしてここにお前がいる」私が不思議そうに尋ねると、豆タヌキは小さな紙きれをこちらに見せつけた。
「細波ってやつが書置きを残していたんだ」
見ると、「『チュウ』にて待て。そこにリコは来る 細波」と、書き殴った文字が並んでいた。
「『チュウ』なんて名前、ここ以外で聞いたこともねえからな」
得意そうに鼻を鳴らす豆タヌキをよそに、私は細波のその途方もない予測に呆然とする他なかった。一体あの男はいつからこの展開を予想していたのだろう。少なくともガスで眠らされる直前にはわかっていたのか。
それに、傍から見たらただのタヌキにすぎないこいつによもや書置きを残すとは。
「? どうかしたのか」
「いや、な、なんでもない」首を傾げる豆タヌキに、私はそう言ってごまかした。
「変なヤツだな。まあいい、丁度腹ペコだったんだ。早いとこ中に入ろうや」
豆タヌキがそう言うのを聞くと、隣でリコがだらだらと涎を垂らしてこくこくと何度も頷いていた。どうやらよほど空腹らしい。私ももう既にまともな思考がままならない程腹ペコだったので、リコと一緒に店内へと入った。
「そう言えばニクウも『チュウ』のことは知ってたんだな」注文を終えて出来上がりを待っているとき、水を一杯一気に飲み干した豆タヌキがそう言った。
「まあな。私としてはお前の方がどうしてここを知っているのか不思議だが」
「お前じゃねえよ、ポコだ。ちゃんと名前で呼んでくれよな」
今初めて知ったし、何ならそっちも私を「お前」と呼んでいたじゃないかと思ったが、もはやそんなことを気にできるほど心身が充実していないので深く突っ込むのは止めておいた。
「結構オイラたちの間では有名なんだぜ? 『チュウ』は絶品だってな。やっぱ出汁が良いのかねえ」ポコはうっとりとした表情を浮かべた。
「どちらかと言うと出汁にされそうなくせに生意気な」
「ハハハ! 狸の出汁なんて旨いわけないだろ! ……次そんな冗談言ったら二度とお天道様を拝めなくなると思えよ」
ポコが鋭い爪を出したので、私は小さく「すまん……」と謝った。腹ペコで気の荒くなっているタヌキをからかってはいけないのである。
リコは座りながら身体を右へ左へ交互に傾けて、ラーメンの到着を今か今かと待ちわびていた。しかしその期待を裏切るように、麺は未だ製麺機に投入されたばかりだし、スープや野菜の準備も十分とは言えなかった。
「すいませんねえ、仕込みが遅れちまったもんですから」
申し訳なさそうに頭を下げる店主にかみつきそうな勢いのリコをなだめて、私も軽く頭を下げておいた。「良い、良い。気にすんな!」と、ポコも気立てよく振舞っている。
「そう言えばポコお前、喋ってもいいのか? 『ボス』の家で喋っていなかったのは人前で喋れるところを見せられないからだと思っていたが」
「ああ、まあ色々と事情ってもんがあるのさ」
ポコはそう答えると、やれやれといった風に軽く背を伸ばした。「チュウ」の謎も細波の謎も、ますます深まるばかりだ。
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