第25話 旨さの秘訣は心持 

 ラーメンというものは、外食という括りの一種類でありながら、しかし他とは一線を画しているものである。


 どんなに親しい間柄で食べに行こうと、それまでくっちゃべっていようと、いざラーメンが届けられたら皆一様に言葉を飲み込んで、一心不乱に目の前のラーメンに集中することになる。


 じゃあ複数で行く意味は無いじゃないかと思うかもしれないが、それは大きな間違いだ。確かに一人で食べるラーメンも旨いものであるが、仲の良い数人でラーメンを食べるというその行為が格別なのである。


 それは宝物を共有する感覚とでも言うべきか。旨いラーメンを食べているとき、ふと横を見ると友人が同じものをすすっている。自分と同じく至福のひと時を過ごしている。友人のそれを見て自分も、もう一度麺を口に運ぶ。今度はスープも一緒だ。ああなんて旨い、なんて幸せだろう! 


 と、こんな具合である。


 リコとポコと私がそれほど仲の良い友人であるかどうかはまた別の話であるが、しかし私たちもまた、それまでのお喋り具合からは想像もつかない程静かに、各々が自分のラーメンと向き合っていた。


 麺をすする。……旨い。

 スープを飲む。……旨い。

 また麺を、今度は海苔と一緒に。……これも旨い。


 ポコは器用に箸を使ってラーメンを堪能していたが、リコの方はどうにか箸を使えてはいるものの、小さな子どもがするような持ち方でスープを飛び散らせながら食べていた。少し気になったが、しかしまあそれを今矯正することもあるまい。


 ラーメンの前ではそんな野暮ったいことを言ったりしないのだ。


 スープと一緒に。……旨い。

 ホウレンソウと絡めて。……旨い。


 ラーメンに向かって一心不乱であった私は、新しく「チュウ」に入店してきた客にまったく気がつかなかった。


 その人は私の隣のリコの、さらに隣の席に座ったようだったが、私がそうとわかったのはその人に出来上がりのラーメンが届けられたからであった。


「今日も美味しそうねぇ。

 やっぱり夕飯はここにして正解だったなぁ。

 あたし、ストレスたまるといつも美味しいラーメンが食べたくなるんですよねぇ」


 わたあめのようにふわりとしたその声には聞きなじみがある。


「『チュウ』のラーメンは絶品よねぇ、近江くん?」


「……急いで食べろ、リコ。すぐにここを出るから」私は咄嗟にリコの背に手を置いた。しつこい奴らめ。今度こそ無理やり連れ去られるわけにはいかん、と、私は心のフンドシを締め直した。


「ちょっとちょっと! なに警戒してるのよぉ。待って。休戦。休戦だからぁ! さすがに今日はもうクタクタよぉ。今はあたししかいないしぃ」


 花江先輩は手を慌てて横に振った。が、そんなこと信用できるはずもない。


「信用できませんよ」私は頑として言った。


「ホントよぉ。実のところ、あたしはそのタヌキ娘には全然、全く、これぽっっっちも興味無いしぃ? それに、いくら何でもラーメン食べてるときにそんなことしないってば」花江先輩があっけらかんと答える。


 それを聞いて私はおそるおそるリコから手を放した。花江先輩の、ラーメンに対して真摯な態度だけは信用に値するだろうと考えたからだ。何より「すぐにここを出る」と言われたリコが潤んだ瞳で訴えかけて来た。


 リコの前にある器にはまだ大量に麺が残っていた。


「……やっぱり、ゆっくり食べていても良い」


 私が言うとリコは嬉しそうに両手を上げ、花江先輩はにっこりと頷いた。

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