第16話 最も信用ならないのは、もっともらしい理屈である
事態はまごうことなき八方塞がりの状態である。私と細波は数人のテニスサークル員に囲まれており、リコと豆タヌキの奪還はおろか自分一人脱出することもままならない。
当のリコは、ミルクやチーズ、ハム、鯖缶、スナック菓子——とにかくあらゆる食物による手厚い歓待を受けて、ぽっこりと丸まった腹を抑えながら苦しそうであり、しかしどこか幸せそうでもあった。
瞼が半分くらい閉じていてうつらうつらしていて、どうやら私たちが部屋に転がり込んできたことにも気づいていないらしい。
豆タヌキは網にかけられて吊るされながら「フウウウウ!」とか「グウウウウ!」とか唸りつつジタバタと暴れていた。その姿は先日に比べると実にタヌキらしいものだった。なにせ、喋っていない。
部屋の一番奥でうたた寝しているリコ、その脇にあるベッドの上に安坐している「ボス」、そしてごたごたと食べ物が並んでいる机を挟んで花江先輩が、「ボス」の正面に来るように座った。「ボス」と花江先輩によって、リコの左右が塞がれてしまったとも言える。
「おまたせぇ。起きてくれるかなぁ?」
花江先輩に耳と耳の間を優しく撫でられて、リコはぴくりと身体を震わせた。目を覚ましたリコはきょろきょろと辺りを見回し、私と細波が地に這いつくばっているのを見て「キュウ?」と驚いたようだった。
「心配しなくて良い。彼らは私の友人でね、今は楽しく遊んでいる最中なのさ」
すかさず「ボス」が物柔らかな調子でそう諭すと、リコは心底納得したようにこくこくと頷いた。
「リコ! だまされるな、そいつはうそつきだ!」
私は藁にも縋る思いでリコに呼びかけた。しかしそれでリコがおろおろしているうちに、「ボスはまたもや流暢に、そして大仰に弁解した。
「近江くんは随分演技が上手いなあ、いや、まさに迫真と言ったところかな……おっと、そんなに慌てなくてもいいんだよ、リコくん。これは芝居というやつだからね。彼はついに捕らわれた悪者の役。そして私は正義の味方——ヒーローの役なのさ。ああ、しかし近江くん! いくら悪者の役だからって、嘘つきだなんて非道いことまで言わなくてもいいじゃないか」
目ざとくリコの名前まで呼んでのけた「ボス」の言葉でリコはすっかり納得してしまったようだった。げに恐ろしいのは、当の私まで自分が悪党なのではないかと一瞬でも思い込んでしまいそうであったことである。
さて、こうなるといよいよ私たちは窮地に陥っていると認めざるを得なくなる。細波の言うようにテニスサークル員をなぎ倒して脱出できるならば今すぐにでもそうするのだが……。
私の知る限りではそんなことができ得るのはたった二人しかいない。しかもその内の一人は巨躯故にこの狭い部屋に入ることもままならない。
「リコちゃん、はじめましてぇ。花江さんだよぉ」
鬼のような剛力を持つ乙女がにこりと笑った。
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