第15話 乙女に振り回されても嬉しくない!
外は夏の到来を感じさせるような陽気で、少し歩いただけでじわりと汗が滲んだ。まとわりついてくる湿気がうっとうしい。
「さっきのことだがな」細波は照り付ける太陽を眩しそうに手で覆い隠しながら話した。
「『ボス』と太郎坊は言うなれば別の陣営だ。だから『ボス』は決して多摩タヌキを食べようとしているわけではない」
「待て。じゃあなぜお前はそのどちらとも親し気だったのだ」私はシャツをぱたぱたと動かして風を自分の方に送りながら尋ねた。
細波は「スパイだ」と簡潔に答えてから、「まあそれは今そんなに大事じゃない」と続けた。
「むしろ俺はお前と多摩タヌキの間に面識があったことに驚いたぞ」
「まあ……そうだな」私はあの迷惑な一人と一匹との出会いを思い出した。
鍋にされないまでも、そして獣といえども、やはり気になることは気になる。下手に言葉を扱ったり姿形が人間そのものであったりすることでより一層そういう心持ちになっていた。
「まあそんなに憂わなくても、『ボス』の策略はとりあえず成功することはないだろう」
顔を緩ませた細波。その瞬間、私はその背後に何か得体の知れない、楕円状で大きめの弾丸のようなものを見た。あっという間もなくその先端から網が広がり、完全に不意をつかれた私と細波は身をかわすことができずにまんまとその網の中に捕らえられてしまった。
「やった! やった!」と駆け寄って、地面に這いつくばる私たちを見下ろしたのは、忘れもしないあのテニスサークルの面々であった。
捕らえられたからといってそのままみすみす抵抗もせず、テニスサークルの軟派者どもに引きずられて行くほど私も細波もお人よしではない。
ではなぜその二人が現在においてボロアパートの二○二号室にいるのかというと、私たちをそこまで運んだ張本人が花江先輩であるからだった。
「ご苦労様ぁ。ありがとねぇ」と、ほんわり登場した花江先輩は私たちを捕らえている憎き網を軽々と持ち上げ、遠心力を利用してぶんぶんと振り回し始めた。これには私も細波もたまらず、もはや抵抗などできる余裕など無くなってしまった。
頭やら脛やらをお互いにぶつけあい、私はとにかく吐き戻すことだけは避けようと専念する他なかった。おそらく細波もそうであったのだろう。
ちなみにテニスサークルの面々はというと、忠犬よろしく締まりのない顔で、ない尻尾を懸命に振りながら花江先輩の後ろをぞろぞろと歩いていた。
それで件の二○二号室まで連れて来られ、すっかり目を回してしまっていた私と細波は、その間に麻縄で両手両足を拘束されて部屋の中に放りこまれ、現在に至る。
「どうして俺が近江と同じく拘束されなければならないのですか、ボス!」細波は私たちの目の前で高笑いをしている着物姿の男に、なんとも薄情なことを言った。
「細波よ。キミが何やら怪しげな動きをしていることに気がつかないとでも思っていたか? ちっぽけな鼠のために計画が邪魔されてはかなわんということだよ。そこで親友同士仲良くじっとしていなさい」
「ボス」のそんな言葉は意に介さず、細波はその身体を軽く当てて私の注意を自分の方に向けてから、ひそめた小声で私に尋ねた。
(なんとか力づくで脱出できないか)
(それは無理だ)と私は控えめに首を横に振った。
(鬼だったらこんな奴らくらい蹴散らしてみせろよ)細波が落胆の表情を浮かべる。
(私がそんな膂力を持ち合わせていないことくらいお前は知っているはずだろう。それでもつい最近判明した取り柄といえば人並み外れて頑丈なことくらいだ)
(くそう。どうしたものか……)
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