第11話 『多摩狸異聞録』
細波と二人して肩を落としながら家へ戻ると、大男がベランダと部屋の間の窓枠に挟まって身動きがとれなくなっていた。
一体どうやって玄関から入ってきたのだと思いつつ、そのまま挟まったままでいられるのも困るので細波と協力し、体当たりにてどうにか部屋の中に三人で転がりこむことができた。
狭い部屋の中で男三人重なっていることのなんとむさ苦しいことであろうか。
「……すまないな」大男が頭を下げる。なんだか謝られっぱなしで申し訳ない気持ちも芽生えたが、すぐに思い直した。
なにせこいつは私のことを雑に投げ飛ばした男だ。
「イテテ……。もう、旦那ってば肩幅が広いんだから」細波が腕にできたあざを気にしながら起き上がる。
しかし肩幅どうこうというよりも前に、改めてこの大男は何もかもが大きすぎるのではないかと思う。
「まあ、そんなにかしこまらないでくださいよ。こっちはもう投げられて気絶させられてるんだ。ええと……」
「秋原太郎坊だ」大男はゆっくりとその巨大な手を差し出す
「アキバラさんねえ……、申し訳ないけれど握手はできません。そこにいる私の親友とあなたが一緒にいるということは、恐らく何かしらの厄介事に関係があるんでしょう。細波とはそういう男だ。いつもいつも余計な面倒をかけさせられる。もう危険で怪しげなことに巻き込まれるのはまっぴらなんですよ。こっちはそんなことよりもっとこう、例えば可愛らしい乙女とですね……」
そこまで言って慌てて口を押えた。余計なことまで口走ってしまうところだった。
どうも昨日から頭に血が上ってしまいがちである。
「……なんだ?」太郎坊が不思議そうに首を傾げている。
「……いや、なんでも。とにかくそういうへんてこなことに巻き込まれている暇は無いのです。私も忙しいんだ。色々と」
「ううむ、そうか……」
太郎坊は腕を組んで考え込んでしまった。眉間にしわが寄っていて、ただでさえ恐ろしい顔つきがもはや手の付けられない領域に達している。
正直すぐにでも帰ってもらいたいが、いらぬことを言ってまた投げ飛ばされてもかなわん。
そこで私は不本意だが細波に横目で助けを求めてみた。すると私の親友はぽんとその胸を叩き、親指を上に立てて「任せろ!」と合図した。
流石は私の親友だ。いざというときは頼りになる。
「旦那。近江にはあっしから説明しますよ」
違う。細波。そうじゃない。
というかお前一人称が「あっし」とはなんだ。そんな親友を持った覚えはないぞ。
「……おお! それはありがたい」太郎坊がぱっと顔を明るくしたので、もはや細波が私に何かを説明するという流れを断ち切ることはできなかった。
ええい、こうなれば聞くだけ聞いてやろうじゃないか。つまるところ、その上で断ってやれば良いのだ。そうすれば太郎坊も納得するだろうし、もとより細波はどうとでもあしらえる。
少しばかり面倒だが仕方がない。私は観念して渋々と細波の方へ向き直った。
「よし、近江。まずはこれを見ろ」
細波は一冊の古びた本を差し出した。かなり古いもののようで、和綴じの表紙は端の方が傷んでいる。
深緑色の表紙には『多摩狸異聞録』と銘打ってあった。
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