第7話 かわいい子にはハムとチーズをあげよ
飯を食べて家に帰ってみたら廊下にある冷蔵庫の中を見知らぬ少女がさごそと漁っている、となれば普通は驚いて何が起こっているのかわからず、頭は真っ白になり身動きがとれなくなる。
そうして呆けている間にハムやらチーズやらを盗まれて逃げられてしまうところだろう。
しかし私は幸運にも少女を捕らえることができた。
例の、ボスを名乗る男からの追手であるかもしれないという疑念に突き動かされた私は即座に少女を突き飛ばし、少女はあっけなく部屋の奥へと吹き飛んだ。
流石にそこまで力をこめたつもりは無かったので焦ったが、幸いベッドがクッションになったようで惨事には至っていない。
それでも衝撃は軽くなかったようで、少女は半泣きになりながらこちらを睨みつけて威嚇している。
四つん這いでこちらに飛び掛かる体制でありながら「フー! フー!」と興奮している様子はまるで獣そのものであった。よく見ると短い栗色の髪の毛の上に丸っこい耳がくっついているし、もふもふとした尻尾まで持っている。
犬、猫——いや、あまりに少女の耳まるまるとしすぎていてそれらに例えてしまうと違和感が残る
それよりも、タヌキのようであるというのが一番しっくりくる。
「グウウウウウ!」
「わかった。すまん。落ち着け!」
すっかり慌ててしまった私は結局その少女にハムとチーズを振舞った。
ついでにミルクも出してやるとひとまず警戒はとかれたようで、少女はすんすんと鼻を鳴らした後にそれらをすっかり平らげてしまった。
「お前は追手ではないのか」
私がそう尋ねても少女は「キュウ?」と首を傾げるばかりであった。とりあえずボスを名乗る男——サクラノコウジの追手ではないようだ。
「家は近いのか」
「キュウ?」
また首を傾げる。
「どうして盗みに入った」
「キュ!」
風が吹き込んでくる窓を指さした。そういうことを訊いているのではないのだけれど。
「喋れないのか」
「キュウウ……」
困ったように俯いてしまう。
それから食器を片付けているうちに少女はベッドの上で眠ってしまっていた。
長いまつ毛やしなやかな手足からはどことなく花江先輩の面影を感じさせられてドギマギしてしまった。
獣だか人だかよくわからん奴にドギマギするとは何たることだ! 私は即座に自分を戒める。
とはいえ無理やり起こすのも忍びないとそのまま床で眠ることにしたのだが、初めての同じ屋根の下で女性と一夜を共にするという経験がこんな風に訪れるとは夢にも思っていなかった。
それにしても今日は本当にへんてこなことばかりで、白昼夢を見ている気分だった。もしかすると本当にずっとずっと長い夢を見ているだけかもしれない。
花江先輩と一緒に歩いたのも、「チュウ」にいた大男も、今ベッドで眠りこくっている獣少女も全て私の妄想であったなら。そう考えると少し寂しくもある。
電気を消すと、鈴虫の鳴き声にまじって少女の寝息が聞こえた。顔が火照っているのはどうしてだろう。
決して少女が気になって眠れなかったということは無いのだが、その晩は妙に寝つきが悪かった。
翌日、私は床の上で目を覚ました。 獣少女は忽然と姿を消していた。
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