第23話 果物売りとドンドゥルマ

 ホテルに戻ると、アイテンさんは出発の準備を整え、ロビーでチャイを飲んでいた。

 私も慌てて荷物をまとめ、車に乗り込む。アンカラまで、再び二百キロの旅。


 往路では気づかなかったが、道路脇には処々にパラソルやテントが立って、果物を積み上げている。それらの背後には、赤土の畑。路傍に茂る高い草、ぽんぽんと球形になって咲くあざみの青い花。


 数十玉もが小山になったメロンが目を惹くテントの横に、車を停めてもらった。

 黄色いボールのようなメロンに、黒に近い濃緑の西瓜、宝石のように透き通ったエメラルド色の葡萄。

 味見を、と差し出された葡萄を一粒齧ると果汁が口に広がり、瑞々しい香りが鼻に通る。


 今夜にはアンカラを発つと云うのに、買ってしまった。メロン二玉に葡萄を一キロ。さあ一体、何時いつ何処で食して呉れようか。



  ***



 アンカラに近づいたのか、建物が次第に新しく、高層になってきた。そのうち一つは建設中で、剥き出しの煉瓦が無造作に積み上げられていっている。フォルムはひょろ長く、鉄筋は御座成りだ。

 トルコは地震国との印象があるが、あの建物が地震に耐えられるとは思えない。地震へのこの無防備加減を見る限り、アンカラ周辺は地層が安定しているのだろう。


 幹線道路が複数交差する橋を越えて複合商業施設が見えてくると、アイテンさんが車をその駐車場へと向けた。

 午はうに過ぎ、朝食の遅かった彼女はうでもないようだが、私の方は空腹を感じるようになって久しい。


 だが彼女が連れて行って呉れたのは、レストランではなくアイスクリーム店。MADOと看板を掲げるその店は、トルコ中でロゴを目にするチェーン店だ。

 本当のドンドゥルマを食べさせてあげる、とアイテンさんは云った。

 私のスイーツ嫌いを知ってか知らずか、彼女の見せる笑顔は満点だ。まあい。丁度私も仕事の後の罰を受けなければ、と思っていた処だ。


 サーレップという植物の粉を練り込んだトルコのアイス、ドンドゥルマは粘りが強いのが特徴だ。よく店頭でアイスを長く伸ばしたりさかさにしても落とさなかったりするパフォーマンスを見かけるが、この店ではパフォーマンスは割愛。

 その分美味しいのだ、とアイテンさんが云うからには屹度きっと美味しいのだろう。私にとっては罰でしかないスイーツではあるのだが。

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