第21話 チャイ

 助手席で目を覚ました時、隣のアイテンさんは半ば眠りの中にいた。

 うに日付は越して遠からず陽が昇ろうとしているのであればそれも道理だろう。彼女をそっとしておいて私は外へ目を遣った。まだ濃紺の天には大小無数の星がちりばめられている。金羊毛を得て黒海を旅したイアーソンもこの星空を見たのだろうか。呪われた王女メデイアと共に。


 やがて山のが紫に色づき、辺りが明るんでくるとアイテンさんの微睡みも終わりを迎えて、彼女は車のエンジンを始動させた。

 半時間ほどでホテルに戻り、今日も運転の仕事があるアイテンさんは本当の睡眠をとる為部屋に籠った。一方、私は眠ることができずに食堂へ下りていった。


 食堂へは来たものの食欲は感じず、並べられた皿にも食指が動かなかった。パンを一片ひとかけとスープだけ取る。スープは赤レンズ豆を使ったスープ。トマト味の中に矢鱈ミントが効いている。歯磨き後のような風味が後に残った。



 食堂で独りチャイを飲みながら、今回の旅に想いを馳せた。

 仕事二件は無事完了、今夜トルコを発つ。濃い四日間だった。

 今日は午前中ゆっくり休息をとらせてもらい、その後アンカラへ。アンカラの空港を発つのは夜になる予定だ。


 すぐに二杯目のチャイが欲しくなった。チャイはセルフサービス。大型の二連ケトルにチャイが沸かされている。

 下段には濃いめに淹れたチャイ、上段には湯。小ぶりのグラスの途中までチャイを注いだ後、上から湯を足し味を調整する仕組みだ。

 火傷しそうなほどの熱々を、しばらくテーブルに置いて待つ。


 テーブルの籠には、角砂糖二つを紙でくるんだ包みが盛られている。実際、周囲を見ていると角砂糖を二つぐらい入れるのが普通らしい。ところがトルコ人は、日に何杯飲むのだろうかと思うほどに始終チャイを飲んでいる。その都度角砂糖二つとなると、さぞ血糖値も高かろうと他人事ながら心配してしまう。


 私はと云えば、いつも砂糖なしで少し濃いめに湯とブレンドするのが定番。酸味と渋味が口腔を心地よく刺激し、茶葉の香りが鼻へ通る。



 アイテンさんが起きてくるまでは、まだ間がありそうだ。

 昨日に続いてサフランボルの街の散策へ出ることにした。

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