第20話 仕事と礼拝
私は周囲を見まわし、使える物がないか探した。
まずは脇机の上に水差しが置かれているのが目についた。水差しはプラスチック製。流石にガラス製と云う訳にはいかない。水はまだ半分ほど残っていた。
試しに手に力を籠めてみる。……わずかに動いた。薬の分量が甘かったと看守を責めるのは酷だろう。
伸ばした指
使えるかも知れない、と思った。長い夜になりそうだ、とも。
私は、壁の崩れた部分を搔き始めた。
筋弛緩剤は一種の
醒か睡か定かならぬ高揚のなかで私は、
涙とともに親友を手にかけた君よ、義と誠をこそ至上と心得た君よ。自らを
さて。
私の作戦は、餅を喉に詰まらせるお年寄りに想を得たものだ。崩れた漆喰を砕いて、水差しの中に入れ掻き混ぜる。
やがて出来上がった
食道も気道も諸共に埋めるよう念入りに。直ぐに息が苦しくなる。涙と
幾度もの自殺で培った精神力で、私はその苦痛に堪えた。
尋常ならば私の意思に拘らず自律神経が働き、
遠くから朝の礼拝を促す声が聞こえてきた。隣の独房で何者かの起き出す気配がする。夜明けが近づいているのだ。
イスラム圏ではお馴染みの、毎日五回の礼拝を促す音声は、此処ではモスクの塔からではなく廊下のスピーカーから流れる。美しい調べに乗って発せられる言葉はコーランの一節を誦唱しているのではなく、礼拝に来たれと
死に行く君に代わって、神に感謝の祈りを捧げよう。最後の審判までの束の間、安らかな眠りを得るがいい。君がその手にかけた親友と、そのとき涙を流して抱きあえるならば――私も喜んで祝福しよう。
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