第18話 サチ・カブルマと依頼者

 夕食はサチ・カブルマ。

 羊肉と細かく切った野菜の炒めもので、鉄板のまま出てくる。野菜の食感に羊の脂に、ほどよい辛さ。トルコに於ける米飯ごはんの友の頂点と云えよう。

 但し此処で米飯は、サフラン入りのバターライス。その名をピラウ、「ピラフ」の語源らしい。


 何杯でもビールがいける処だが、仕事前なので我慢してリモナータ(レモネード)を頼む。


 続いて出てきたのはひよこ豆のトマトスープ。豆と一緒に入った麦の食感が面白い。テーブル中央にはお替り自由のバケットが置かれているが、残念ながら、そちらに手を伸ばせるほど胃袋に余裕は残っていなかった。



 大きくなった腹を抱えながら、今日の仕事の再確認。

 私の納得いかない想いは軽く流して、アイテンさんは淡々と刑務所内の状況を説明する。定期的に看守が巡回する刑務所内で、仕事のために許された時間は最大一時間。夜間は一時間置きに、彼に別状ないことが確認されるらしい。


 テーブルに何故か四杯のチャイが並べられたのに気づいて顔を上げると、アイテンさんの背後に二人、男女が立っていた。

 私が目をすがめると、

依頼者クライアントよ」

 とアイテンさんが云った。




 依頼者と顔を合わせることは本来、有り得ない。

 私は表情でアイテンさんへ非難の意思表示をしたが、彼女は一顧だにせず二人に椅子を勧めた。

 勧められるまま席に着いた男女は、そろそろ老境に差し掛かろうと云う佇まい。事前情報を信じれば、標的ターゲットの両親と云うことになる。




 ――私への依頼内容は職業倫理上開示を避けるべきではあるのだが、先にこの世界の規律を破って接触を図ったのが先方である以上、ある程度の事情を此処に記すことは、許される範囲内の逸脱だろうと思う。


 両親の語る処にれば、彼が殺した幼馴染は、兄弟のように育った親友だったそうだ。彼がアゼルバイジャンを出て、標的のアパートに転がり込んだのは一年前のこと。

 爾来じらい、仕事にも学業にも就かずに、時々遠方に出て数日帰ってこないという日々を過ごしていたが、一日あるひこの幼馴染が組織犯罪に加担していると知るに至る。


 嘗ての宗主国ロシアや隣国アルメニアとは緊張が続き、バクー油田の巨大な利権にマフィア、内政の混乱――物騒な事情なら事欠かないアゼルバイジャンで、この幼馴染がどのような犯罪に手を染めていたのか私は興味ないが、兎も角彼は深く心を痛め、親友に改心を迫った。


 話が長くなりそうだ。チャイは既に三杯目。

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