第17話 アゼルバイジャン人

 今回の標的ターゲットが母国アゼルバイジャンからトルコへ出てきたのは七年前、大学生の時のことだった。


 アゼルバイジャンからトルコへの留学は、珍しくはない。


 その第一のメリットは、言葉だ。トルコ語とアゼルバイジャン語は同系の言語で、細かい表現の違いはあるものの、十分に意思疎通ができる。

 日本語になぞらえると、標準語と鹿児島弁のようなものか。


 これはアゼルバイジャンに限った話ではなく、中央アジアに割拠する諸国の言語は概ね同じテュルク語系で、中国領内のウイグルもその流れに連なる。また、モンゴル語にも共通する単語を多く持つ。

 テュルク語は、欧州に於けるラテン語に比肩するべき、中央アジアの共通言語プラットフォームと称してよいのかも知れない。


 文化の似通っている点もメリットだ。同じムスリムで、食べ物や習俗も共通あるいは類似のものが多い。

 アゼルバイジャン人にとってトルコで暮らすのは、他の国で暮らすのに比べて格段にストレスが低いだろう。



 だがトルコがアゼルバイジャンと格別仲が良いかと問われれば、そこは疑問だ。

まず宗派が違う。トルコはスンナ派、アゼルバイジャンはシーア派が主流。歴史的にはアゼルバイジャンは、オスマン帝国と鋭く対立したサファビー朝の発祥の地でもある。

 同じムスリム、トルコ系ならば仲が良いと考えるのは早計で、むしろバルカン半島のキリスト教徒を使嗾しそうして他のトルコ諸族を圧倒していったのが初期オスマン朝によるアナトリア支配の特質とも云える。



 兎も角彼は、この七年をトルコで過ごし、職も得た。仕事ぶりは良かったらしい。

 彼が殺人の罪で逮捕されたのは、半年前。病院のベッドの上で目覚めた時だった。

 同郷の幼馴染を殺害し、その場で自殺を図った処を恋人が発見して、病院に搬送されたのだと云う。


 判決までは早かった。ほぼ現行犯で証拠は十分、本人も罪を認めて量刑を争いさえしない。一審判決に控訴することなく確定。カラビュック県の刑務所に収監されたのが、一月ひとつき前だった。


 そして、その二週間後再び彼は自殺を敢行し、仕挫しくじった。

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