第13話 日本料理

 夏時間の適用されている間、トルコの日は恐ろしく長い。まだ外が明るいうちからアイテンさんと合流して、レストランへと向かった。


 行先は彼女の希望で日本料理店。但し、アンカラの街に純粋な日本料理店などはない。あるのは、中華、タイ、日本、他の混淆するアジアンレストラン。

 日本料理に限った話ではなく、アンカラに真面まともな外国料理店は極めて少ない。この街のレストランで供されるのは軒並みトルコ料理だ。

 世界を席巻する中華料理店でさえ、辛うじて一軒あるのみだと云う。

 一国の首都にして四百万人の人口を擁する大都市であるにもかかわらず、だ。


 その理由は、この街に住む外国人の数が少ないのもあるが、トルコ人が圧倒的にトルコ料理大好きだから、だろう。美味しいトルコ料理が其処いらに溢れているのに、何故わざわざ他国よその料理を食べなければならないのか、と云う訳だ。(もっとも、ファーストフード界には米国系の某ハンバーガーやフライドチキンが浸透している)

 この街に住む数少ない日本人が故郷の味をどれだけ恋しく思おうとも、日本人客のみを相手に経営を成り立たせることは難しい。


 その点、私を迎えて日本料理に挑戦しようと云うアイテンさんは珍しい部類かも知れない。その挑戦心には敬意を表するが、恋い焦がれたマントゥを食べる機会を逸した私としては、出来れば彼女には他のトルコ人と同じくトルコ料理大好きでいて欲しかった。


 だが食事が運ばれてくると私は、これはこれで面白い、と思うようになっていた。

 なにしろ出てくる料理が、およそ想像を絶する代物しろものなのだ。

 味噌汁はうやうやしく土瓶に入って出てくる。うどんには汁がない。恐らくトルコ人に受ける日本料理を志向するうち、この形に進化したのだろう。

 味は悪くなかった――これを日本料理と考えさえしなければ。




 食後の打ち合わせは、何故かトルココーヒーを飲みながら。

 一口サイズのカップに、濃く淹れたコーヒー。飲み干すと底の方に粉が残るのが特徴だ。

「残ったおりで未来を占うのよ」

 とアイテンさんが云う。怪訝な表情の私からカップを掠め取って、上にソーサーを被せると引っ繰り返した。

 カップを上げると、ソーサーの上には抽象画のような文様がコーヒーの粉でかたどられている。


「安心して。明日の仕事運は大吉だわ」

 そう云って、アイテンさんは莞爾にっこりと笑った。


 明日は二件目の仕事が待っている。場所は二百キロほど北にある世界遺産の街、サフランボルだと先刻聞いたばかりだ。

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