第10話 シミットと商店街

 ドルムシュが辿り着いたのは、旧い商店街の入口すぐ横。店は坂道に沿って遥か先まで蜿蜒えんえんと続いている。

 浴場ハマムが目の前にあるが、入るにはまだ早い、と素通り。


 坂道を登っていくと、シミットをうずたかく積んで、往来の真んなかで売る親仁。シミットとは、ドーナツ型の胡麻パンのこと。ドーナツよりは一回りか二回り大きい。

 二個ふたつで3TLテーレーだと云う。2TL払うから一個ひとつり呉れと云ってもかない。焼きたてだ、絶対旨いから、と親切顔で推してくる。二個も食べられるものか。


 押し負けて、結局二個買う羽目に。受け取ったシミットは、かまどの余燼を感じる温かさ。齧ると歯応えがあって、内側はしっとり。

 これは親仁が正しかったか。あっさり二個いけそうだ。



 シミット片手に歩き出す。焦げた胡麻の香りが香ばしい。

 左右に並ぶ商店は、何処も似た商品を扱っている。店先たなさきに並べられ吊るされるのは、服に布地に糸、針、小物。二軒の服屋に挟まれた茶店で、チャイを沸かす二連のケトルが湯気を立てている。


 トルコでは、同種の物をあきなう店が一つの場所に寄り集まって、電器屋通り、家具屋通り、絨毯じゅうたん屋通りなどを形成することが多い。かつて同業者組合があった名残なのか、或いは集まって商売するのが合理的なのかも知れない。



 そのうち民藝品を飾る店が増えてきた。

 目につくのは、青い眼玉の御護りナザール・ボンジュウ。数個連ねてシャンデリア風にしたトルコランプ。青・赤・黄と発色も鮮やかなタイル。キリム生地のバッグやクッション。トルコ絨毯。

 この先にはアンカラ城址があるので、観光客を目当ての店なのか、とも思う。


 振り返ると、この辺りは高台になっていて、眼下にアンカラの下町が広がる。複雑に入り組んだ路地を各自てんでに占拠し形も大きさも様々な家々は、屋根だけはれも一様に赤茶色。

 路地に目を遣れば気儘に寝そべる猫たち。店内だろうとレストランだろうと、我が物顔で往き来する。



 ふと目についた簡素なモスク(トルコ風に云うと、ジャーミィ)に入ってみると、タイル張りの静謐な堂内でお祈り中の人がいた。金曜日以外でもお祈りに訪れるのは、熱心なムスリムなのだろうか。

 邪魔にならないよう端に寄って中を見渡す。欄干で区切られたエリアで、ゆったりした服にスカーフ姿の女性が二人お祈りしていた。お祈りの場所は男女で分かれているものらしい。

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