第9話 ドルムシュ

 バクラヴァで締めた朝食をえると、軽装で外へ出た。肩に掛けたリュックの中は、ほとんからだ。


 今日は一日オフ。アイテンさんとは夕食を御一緒に、とだけ約束している。



 大通りを歩いていると、後ろから矢鱈クラクションを鳴らして、小型バスが抜き去って行く。トルコで庶民の足として親しまれる、ドルムシュだ。ルート沿いならば何処でも乗り込み、降りられる。クラクションは、乗らないか、と云う合図。


 三台目のドルムシュが来たのを、手を挙げて止めた。

 乗り込んでみると、中には乗客が二十五人ばかり。座席シートは埋まって、十人ほどが立っていた。

 場を占められそうな隙間を見つけ移動する間に、もうドルムシュは動き出している。慌てて手摺を掴んだ。急発進、急ブレーキ、予告なき車線変更。荒い運転だ。


 乗車賃は前払い。

 財布から10TLテーレー(トルコリラ)を取り出すと、前にいた客が摘まみ上げた。あっと思うと直ぐ前の乗客の手に札は渡る。その札はまた一つ前の客を介して、最後にドライバーの手に収まった。

 ドライバーは相変わらず手荒なハンドル捌きで釣り銭を取り上げると、すぐ背後うしろの客に渡す。往きと同じ経路で釣り銭はかえり、ついには私の手許に落ち着いた。見事な連携プレイ。


 繰り返しになるが、トルコ人は実に親切だ。そして正直な時は、底抜けに正直だ。こんな運賃リレーが見られるのはトルコ人の気質あってこそだろう。

 だが一方で、損得勘定にはからい。時に平気で人を欺くこともあったり、と――詰まる処、彼らが何者なのか未だよく分からない。

 分からないからこそ、より知りたいと思う。探求して新たな発見があれば嬉しい。そして、仮令たとえ最後まで分かり合えなかったとしても、彼らが私の隣人であることは変わらない。



 また急ブレーキ。車が止まり切らない内に扉が開いて、子連れのご婦人が乗り込んで来た。すると若い男がさっと立ち上がって子供に席を譲る。そこで再び運賃リレー。



 車窓の外には騎乗の銅像。此処からでは貌のかたちまでは定かならねど、恐るらくは国父アタテュルクだろう。

 共和国議会から贈られた名、父なるトルコ人アタ・テュルク。何故彼の貌を識っているかと云うと、全てのトルコの紙幣には彼の肖像が描かれているからだ。

 共和国建国から一世紀近くを経て、彼を信奉するトルコ人は今猶いまなお多い。



 ドルムシュは乱暴な運転のまま愈々いよいよ街の中心部へと向かっている。行先も知らずに乗り込んだが、さて一体何処へ私を連れて行って呉れるのだろうか。

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