第4話 親切

「あなた、アンカラまで?」

 お嬢さんがゆっくりと訊ねた。外見から明らかに外国人と判る私を気遣って言葉を区切りながら話すとは気が利いているが、ゆっくり話せばトルコ語を理解するだろうと考えているあたり、外国人の捉え方は日本の田舎のお婆ちゃんと大差ない。

 ええ、と答えると、

「よかった、目を覚ましてくれて。エスキシェヒルで降りるんだったらいけないから、そろそろ起こそうと思ってたのよ」

 莞爾にっこり笑って、またスマホへ向かった。


 トルコ人は人なつこく、親切だ、というのを実感する。


 思えば今日昼イスタンブルでも、ヨーロッパ側からアジア側へと渡る地下鉄の駅が見つからず立ち往生していたところを、通りがかりの青年がわざわざ一緒に駅まで連れて行ってくれた。

 詐欺なり強盗なりの犯罪者かもしれない可能性を捨て切れず、実は内心ずっと警戒を解かずにいたことは、彼には決して明かせない秘密だ。胸に幾許いくばくかの良心の痛みを感じずにいられないが、旅行者として必要な範囲の警戒心ではあるので、彼には大目に見てもらいたい。


 世間に胸を張れない稼業の私であれば、生命財産をおしむなどとは我ながら可笑しなものだとは思う。だが逆説的に聞こえるかも知れないが、人から命を奪う仕事をしているからこそ、その重みを十分知らずに可惜あたら生命を棄てるような行為には賛成しかねるのだ。


 いずれにせよ、観光客の多いイスタンブルには旅行者を狙った犯罪は絶えず、その例外的な不心得者の所為せいでトルコ人の親切に心安んじて甘えることのできないのは、互いにとって悲しむべきことだと思う。

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